轍(わだち)〜その恋はお膳立てありき?
暴走
それは、やはり唐突に起こった。

週明けの社員全員の出勤日。

パソコンを立ち上げた滋子の顔に、はっきりとした苛立ちのサインが宿った。

「ちょっと、滋子、眉間(皺が)寄ってるよ」

甘い週末を過ごした新婚さんの滋子だったが、ゲームソフトの発売を3日後に控えているため、纏まった休みは3ヶ月先に予定しているらしい。

細かいことは気にしない滋子だが“皺”という単語だけは禁句のようで、清乃は、それが現れたときにはいつもぼかした表現で伝えるようにしている。

「やっぱり来たわね」

しかし、今回は怒りのほうが勝るらしく、シワの件は敢えてスルーのようだ。

「何が?」

「嫌がらせよ。短絡的な思考でなければ普通はこんなことしないんだろうけど、あのお馬鹿キャラだからこその選択ね」

「勘違いお嬢様?」

「おそらくね。もしかしたらバックには私の父もいるかもしれない。あの人も直情型だから」

眉間のシワを伸ばしながら、好戦的に笑う滋子はすでに喧嘩腰だ。

ああ、やはり予想は現実となった···と、清乃は心で泣いた。

「何か策は練ってるんでしょう?」

「もちろん、私を誰だと思ってるの?滋子様よ。オーホッホッホ」

滋子は実は法学部出身だ(盛りすぎ)。

進学当初、ネット小説のネタにもなるかもと、法律系の学部を選択したらしい(どんだけ)。

普通は、動機が逆だと思うが、滋子に至っては本心だったらしい。

結果的に弁護士にはならなかったが、滋子は学生時代、弁護士の指示によって弁護士事務業務を補佐するパラリーガルのバイトをしていたこともあり、その知識は莫大である(もちろん、知り得た情報を小説にしたりはしていない)。

そんな優秀な大学の後輩である滋子に目をつけ、IT企業立ち上げの際に法律面の相談を持ちかけたことがきっかけで知り合ったのが、渡瀬と春日である。

こうして文章化すると、清乃の周辺人物のプロフィールがテンプレ過ぎて笑えてくるのだが、事実だから仕方がない。

「拓夢くんが会社を立ち上げる時も、拡大する時も、それはそれは色々な妨害にあったわ。おかげで今では嫌がらせ対応のスペシャリストよ」

当事者としては、そんなスペシャリストにはなりたくないが、味方につければ百人力である。

「こいつらは放っておけば、どんどん罪を重ねていくでしょうね。おそらく発売前日イベントが本命と見た。被害が出ない程度に泳がせて様子をみよう」

「その間に被害が拡大したらどうするの?」

「大丈夫。春日の本当の専門はサイバーテロ対策なの」

我が事のようにドヤる滋子と春日は遠い親戚らしい。

「渡瀬とグローイングのネット犯罪包囲網は万全。今回もお安く一万円ポッキリで御奉仕します」

「社長、頼もしい〜♡」

最終的には、某○グループのベタなテレビショッピングのような掛け合いに発展するのだが、周りのスタッフもいつものことと笑いながら作業を継続している。

緊張感に慄くはずが、この職場はいつものほほんとした雰囲気が壊れない。

それがグローイングの最大の長所で強みなのかもしれない。

そんなことを考えながら、清乃は密かに部屋の片隅で黙々と作業をする春日を見る。

“人斬り執事春日”に、新たに“サイバーテロ対策要員”という肩書が加わった。

やはり彼は謎多き人物である。

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