御曹司は極秘出産した偽りの恋人を離さない

2 本物の婚約者

突然のなりゆきで清都さんとともにホテルに宿泊した私は、広々としたベッドの上で、夢かと見紛う一夜から目覚めた。

朝になると甘い余韻に浸る余裕もなく、清都さんからの「一緒に朝食でも」との誘いを断り、バタバタと服を着る。

きちんと顔を見られないまま、ホテルの前で清都さんと別れると、彼に見送られてタクシーに乗り込んだ。

走り出した車内で肩を上下させ、呼吸を整える。心臓はまだドキドキしていた。

タクシーメーターに表示されたデジタル時計の時刻は午前六時過ぎ。一旦帰宅してシャワーを浴び、それから職場に行くにはまだ余裕のある時間だった。

けれども昨日の今日で恥ずかしさが強く、平然と一緒の空間にいるなんて私には到底無理で。

白くけぶる朝の様子を見て、頭が現実に戻されていく。
流れる窓の外の風景を眺めていると、昨日一日の出来事がまるで走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

『きみを抱きたい』

ストレートな台詞にひどく動揺すると同時に、うれしさを感じたのも否定できない。

お互い酔っていて、しかも両親の前で偽恋人を演じた後だったから、きっと気持ちが高揚していたんだ。
寄り添う思いや別れの前の寂しさが複雑に絡み、求め合う感情になったのかもしれない。

おそらく社会的立場やあの類まれな麗しい容貌から、数多くの恋人がいた清都さんにとっては、偽恋人と気まぐれな一夜を過ごした程度の感覚だろう。

でも私は……。

これまで清都さんに抱いていた感情は、憧れや尊敬という名前のつくものだと思っていたけれど、違ったのかもしれないと思い始めている。

甘い時間をともにし、加減のいい強引さにほだされて、彼に惹かれていると自覚した。

なによりも、偽とはいえ恋人を見つめるあの漆黒の瞳には、包容力と熱意とがあり、見つめられると狼狽するほど魅力的だった。

けれども清都さんは、私と本物の恋人になろうなんて微塵も思ってもいないのだ。
もしも私に少しでも気があるのなら、偽恋人になってほしいだなんて言わないはずだから。

『ああ、もちろん。俺も映美を抱いていると実感したい』

清都さんの声が鼓膜で蘇ると身震いがした。
偽恋人としてではなく、本当に愛されているのではないかと勘違いしそうになってしまう。

頭をブンブンと左右に振り、不毛な考えを追いやると、私は思いに蓋をするように目を閉じた。
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