新そよ風に乗って ① 〜夢先案内人〜
「……」
親としてではなく、会計士として……か。経験がものをいう世界でもあるが、それでも俺は、公認会計士という仕事を自分で選んだ以上、仕事の性質上も最終的には一人で下さなければならない場合が多い事も知り、その道で誰にも頼りたくはないと最初から思っていた。その気持ちに今も変わりはない。それがたとえ、自分の親だとしても……。
「内定を貰った会社の監査を、私は引き受けている。そのノウハウを今のうちから伝授しておきたいと思うが……」
「お言葉ですが、伝授して下さるというお気持ちは嬉しいのですが、真っ白なままこの世界に飛び込んでいく覚悟を決めています。自分なりに諸般の実例なども学び、その都度経験を重ね対処していきたいと考えておりますし、会社のコンサルティング業務にもゆくゆくは携わって行きたいと思ってもいます。長年のご経験や知識の豊富さでは到底敵うとは思っておりませんが、この道を選んだ以上、常勤社員という立場上も踏まえまして、自分の選んだ道は決して容易いはずはありませんが、自分で切り開いて行きたいと思います。申し訳ありません」
「ハッハッハ……。その受け答えは、さぞ面接の時も会社の受けも良かったであろう。貴博。頑張りなさい。だが、窮地に追い込まれた時は、私が居るという事も忘れないで欲しい」
青二才の言う事など鼻であしらわれるかと思ったが、器の大きさの違いなのか、会計士としての自信に漲っているからか、そう言った伯父さんは、立ち上がると俺にまた握手を求めた。それに応じるように俺も立ち上がり、握手を交わす。
「貴博は左利きか?」
「はい」
握手をしながら交わす会話としては何とも滑稽だったが、次の言葉を聞いた俺は、ずっと心の奥底に秘めて忘れていた思いが溢れ出し、体中を駆け巡っていた。
「私も左利きだ」
伯父さんが、幼い俺の視線の前に差し出した百円玉を持っていた手は左だった。父親の居なかった俺にとって、伯父さんが会いに来てくれる事は何よりの楽しみだったあの頃、家に父親が居ない寂しさを紛らわすため、サンタクロースの正体が父親だと知った時から、クリスマスの日には、絶対おじいちゃんの家に遊びに行くよう母親に毎年せがんでいた。幾ら待っても、家にはサンタクロースは来ないから。あの頃の思いが蘇ってきて、胸を締め付けた。今、俺の目の前に居る伯父さんは……。幼い頃、すでに会計士の心得として一歩を踏み出させてくれたのかもしれない、あの河原で百円の重みを教えてくれたその人物こそ、俺の父親だった。河原を手を繋ぎ歩いていた、あの手の温もりはとても優しくて……。「幾年月を経ても、我が子への思いとその我が子の前に出ても、恥ずかしくない人生を送ってきた親としての最低限の姿勢。再会出来た所縁を大切に……」教授が言わんとしていたのは、この事だったのだろうか。
「先に帰ります。母に……。母と……」
その先を言えずにいた。母と話してあげて欲しいというには、あまりにも俺が言うには軽すぎる。お袋と伯父さんとの間に何があって、どうしてこういう道を選択したのかはわからない。その道、いずれわかる時が来る事も推察出来る。
「わかった」