恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜
「おもしろい、ですか?」

 思わず聞き返した。それは「変なやつ」という意味だろうか。
 先生はふふっと笑うだけで、その本意は分からない。

「いいインスピレーションを、もらっていますよ」

「はい?」

 先生は背後を振り向いた。私も先生の視線を追った。
 そこには、ただ和室があるだけだ。けれど、先生はふっと寂しそうな顔をした。一瞬だけ、その眉が下がる。
 しかし、次の瞬間には、もう爽やかな笑みに戻っていた。

「個展に向けて書く、メインの文字が見つからないんですよ」

 先生は少しはにかみながら、そう教えてくれた。

「メイン……って、大きな紙に?」

「ええ。先週そこにあったでしょ。ビニールシートの上に……」

 はっとした。あれは、個展のメインだったんだ!

「すみません、私がめちゃめちゃにしたから……っ!」

 青ざめる私に、先生は「いえいえ」と微笑む。

「逆に助かりました。あの字には、迷いがあったので、どうするか悩んでいたんです。でも今は、良かったなと思っていて」

「え?」

「私がこの個展で、表現したいものは何なのだろうと、改めて考えるきっかけになりました」

 先生はフフッと笑うけれど、その目は苦悩に満ちているようだった。

 ――一線で活躍する人にも、人知れぬ苦労があるんだ。

 私は何となく悲しくなって、その気持ちを一緒に持ってあげたいと思った。
 けれど、そんな気持ちはおこがましすぎる。

 私と先生は、ただの『先生と生徒』だ。

 なのに、先生はふわっと笑って言った。

「はっとさせられたんですよ。宍戸さんが『バナナ』と書いたときに」

 ◇◇◇

 のんびりと帰宅した。
 先程、先生の家でのことを思い返す。

 『バナナ』は忘れて欲しかったのだが、先生は「好きなものを堂々と素直に表現できるのは、羨ましい才能です」と言った。

 帰り道のスーパー、特売のバナナが山盛りになった売り場。私はそれを手にとって、レジに向かった。
 ドキドキと、胸が高鳴っていた。
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