恋文の隠し場所 〜その想いを読み解いて〜

夢の中でも会えたら

「宍戸さん」

 誰もいない書道教室の中、先生が私の頬に手を置いた。あり得ないだろう先生との近い距離に、胸が爆発しそうだ。
 なのに自分はこの状況を受け入れていて、先生の手の温かさにもっと先を欲してしまう。

「そんな顔しないでくださいよ」

 先生は優しく微笑む。眼鏡の奥に揺れる瞳。そこにくっきりと私が映っている。恥ずかしくなって顔をそらそうとしたら、頬に置かれていた手が私の顎をすくった。

「私だけを見ていてください」

「せん、せ……」

 先生はフフッと笑う。細めた瞳には、かすかに情熱の火がともっている。

「『先生』、か。何だか悪いことしてるみたいですね」

 先生は私のあごをすくったまま、親指で私の唇をなぞった。
 吐息が漏れる。ぞわりと身体が痺れた。思考が蕩ける。全身が、熱く疼く。

 先生の顔が私に近づいた。
 触れるまで、あと5センチ、3センチ、2センチ……。

「あ、あの、……」

 先生は閉じていた目を開いた。

「ここは教室なので、えっと……」

「早く僕の部屋に行きたい、と。宍戸さんは欲しがりですね」

「いや、ちが……」

 にやりと笑った先生の顔が、今度は秒で近づいてくる。避けきれずに、そのまま唇が重な――。

 ◇◇◇

 ガバっと起き上がった。

「…………夢、か」

 まだ胸がドキドキと鳴っている。無意識に唇に指で触れていることに気づいて、慌てて手を顔から離した。

「どうして、あんな夢…………」

 今日は土曜日。
 書道教室は、とても楽しい。
 それにその後は、恋文を読み合う約束をしている。

 ーーそれにしても私、先生のこと、意識し過ぎじゃない!?

 頬が熱くなって、何を考えているんだと溜息をこぼす。
 けれど、次の瞬間には頬が緩む。それも無意識だったから、私は慌てて頬を引き上げた。

 朝から一人で百面相している、痛い女。

 ひとり暮らしで良かったと、心の底から思った。
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