月下の逢瀬
「俺の実家は病院を経営してるんだ。隣の市にあるだろ。片桐病院って」


「あ……っ」


古くからある、大きな総合病院。
あれは先生のお家だったんだ。


「医大を成績上位で卒業。両親の期待は大きかったよ。
兄貴も、それに応えようとしていた。

優秀な跡継ぎに期待しすぎたオヤジが、病院経営を広げすぎなければ、全て上手く行ったのかもしれないね」


先生はゆっくりと話を始めた。


経営に陰りが見えた頃、お兄さんに代議士の娘とのお見合い話が来たこと。
話はとんとん拍子に進んだこと。

お兄さんが、長く付き合っていた佐和さんと、表面上別れたこと。


「表面上、ですか?」


「ああ。兄貴のそばにいられるのなら、どんな立場でも構わない、って。佐和は、周囲の人間の前では、兄貴とはもう全く関係がないというスタンスを貫いていたよ」


「何で……。何で、佐和さんはお兄さんの結婚を受け入れたんですか?
付き合ってたんでしょう? 別れるフリしてまで、何で……」


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