月下の逢瀬
「第一に、佐和の実家は裕福ではない母子家庭だったこと。代議士の娘のように、傾きかけた病院を立て直すような資金はない。
第二に、佐和は子どもを産める体じゃなかった。学生の時に病気をして、それ以来ね」


先生は遠くを見つめながら、溜め息をついた。


「古い家というものは、得てして跡継ぎを欲しがる。俺の家も例外じゃなかったよ。

佐和は兄貴との付き合いが長かった分、そんな家の事情も、自分が受け入れられないだろうことも、十分理解していた。
そして、自分が兄貴と一緒にいるためには、影の存在でいるしかないんだ、と思ったんだ」


「そんな、の……」


病院の経営とか、跡継ぎとかよく分かんない。
結婚を諦めないといけないほど、大事なことなの?


「兄貴は、よくも悪くも野心的な人だった。病院を継いだからには、この一帯で一番大きくしたいって、口癖だったよ。
だから、経営がヤバくなったときには顔色を変えてた。
祐子さん……、奥さんとの見合い話が来たときの喜びようったらなかったな」


「喜んだ……?」


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