月下の逢瀬
「佐和のことに思い当たったのは、俺が指摘してからだな。
けど、あいつはすぐにニヤリと笑って言ったよ。『佐和ならきっと理解してくれる』、って」


身内ながら、酷い言いぐさだよな。

そう言って、先生は拳を握った。


「結局、兄貴は祐子さんと結婚して。佐和は兄貴と密やかに付き合っていて。
そばで見ている俺が拍子抜けするくらい、話は上手くいったんだ。

祐子さんが妊娠するまで、ね」


記憶を手繰り寄せるのは辛そうで、先生は時折深い息を吐きながら、ゆっくりと話した。


「妊娠が分かってからの佐和は、静かに変わっていった。
人前で兄貴にすり寄ったり、かと思えば毛嫌いしたかのように睨み上げたり。

それまでは弟扱いしていた俺に、体を預けてみたり」


「え……」


「『晃貴の気持ち、受け入れてあげる』、そんな馬鹿な言葉を吐いたよ。

佐和が壊れかけているのが分かったのに、気付かないフリをした俺が一番馬鹿だけど」


握られた拳は、微かに震えていた。
あたしはそれに、無意識に手を重ねていた。


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