月下の逢瀬
「いいんだ。そんなことを言わせた俺が悪い」


頬に触れた手のひら。
その温もりがあたしをゆっくり落ち着かせていく。


「なあ、椎名。宮本に言うだけ言おう?
宮本がどんな選択をしてもいいじゃないか。
言わずにいるのだけは、よくない」


幼子を諭すような柔らかな口調。
しゃくりあげるあたしの背中を、もう一方の手がゆっくりと撫でてくれる。


「俺はずっと椎名の味方だから。だから、心配しなくていい。椎名は一人じゃないから」


「……は……い」


どうしてこの人はこんなに優しいんだろう。あたしなんか、このまま放り出してくれてもいいのに。


「少しだけ、頑張ろうな」


その言葉にこくりと頷いたあたしは、佐和さんが何故この人からぎりぎりまで離れることができなかったのかが、分かる気がした。


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