月下の逢瀬
・.
  ・

「先生、ありがとう。理玖にちゃんと言う」


「うん」


呟くように言ったあたしに、先生が頷いた。




――ぽつんぽつんと理玖と玲奈さんの話をするあたしに、先生はずっと付き合ってくれた。
胸にずっとしまっていた二人の秘密、それと自分の罪を吐き出すことで、気持ちが軽くなったような気がした。


『あたしが悪いの』


せめて、婚約なんて話を聞いた時点で別れるべきだった。理玖が言わないのをいいことに、知らないフリをしてきたの。

そう言うあたしを、ずっと撫でてくれた――




温かなその手は、今も背中に添えられている。



「……先生、あたしもう先生に甘えられない」


背中の手を、そっと押しやった。


あんなことを言ったあたしが、この温もりに甘えるのは都合がよすぎる。
これ以上、卑怯で情けない自分でいたくない。


「明日ちゃんと理玖と話す。それからのことは理玖と考える。
理玖がダメだったら……両親に相談する。

だからもう大丈夫だから。あたしのことはもういいよ」


「もういい、って、椎名……」


「これ以上先生に頼れない、よ。ううん、頼っちゃダメなんだよ」


このまま先生の側にいたら、あたしはずっと甘えてしまう。
依存してしまう。

< 217 / 372 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop