月下の逢瀬
中央に小さな池を配した中庭は、散歩する人の姿がちらほらとあった。

日当たりのいい、池を見渡せるベンチに座る。

穏やかな日差しを仰いだ理玖が、大きく息を吐いた。


「ごめん……な、真緒。ごめん」


「何を、謝るの?」


「あの時……、置いて行ったこと」


池に浮いた水草が、揺らめいている。
横に理玖の存在を感じながら、あたしはそれを見つめていた。


「……玲奈さんは、今どんな様子なの?」


「ずっと、眠ってる」


「そう」


風が水面を、水草をゆるやかに揺らす。
小さな魚影が現れて、消えた。


何を、どう話せばいいんだろう。
話したいことはいっぱいあるのに、いざ理玖を前にすると何も言えない。


話して、何かを決定づけるのを、躊躇っているのか。
何かを失うことを、確認するのを怖がっているのか。


葛藤する心を抱いて、ただ、黙って目の前の水面に視線を泳がせていた。


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