月下の逢瀬
そんな時は、俺が離れた方が真緒の為なのかもしれないと、いつも思った。

真緒だけを見て、真緒だけを抱きしめられる、他の誰かがきっといるはずだから。


だけど、それをしなかったのは、俺が真緒を失いたくなかったからだ。
離れまいと首に絡み付く、柔らかな腕を解くことなんて、出来なかった。


誰よりも、その腕を、真緒を愛していたから。


愛おしくて、腕の中で微笑む顔を俺だけのものにしていたくて。
涙に気付かないフリをして、真緒の取り繕った笑顔に応えていた。


けれど、それはしてはいけなかったんだ。どんなに想っていても。



『玲奈の側にいる。一人にしないから』


そう言った俺に、真緒を抱けるはずがなかった。


玲奈の悲しみも、辛さも知ってしまった。
手を差し出してしまえば、二度と引き返せないと、わかっていたはずなのに。

俺しかいない、と震える玲奈を、突き放せなかった。
時と共に湧いてくる、愛情にも似た感情が、玲奈を放っておけなかった。



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