月下の逢瀬
・.
  ・


「…………聞いてたんだろう、椎名」


ドアが閉じて、足音が遠ざかる。
それに耳を澄ませていると、先生が口を開いた。


「……起きてるって、いつ気がついたの?」


「俺が宮本を殴ろうとしたとき、身じろぎしたから」


「バレてたんだ」


へへ、と笑うと、近寄ってきた先生が頬に触れた。


「無理に笑わなくていい」


幾筋も伝う涙の筋を、温かな指先が拭った。


「ごめんな。こんな話になるなんて、思わなかった」


「いいの。
理玖の気持ちを知ることができて……よかった、から」


『好きな女』


理玖は確かに、そう言ってくれた。
その言葉だけでいい。
その気持ちだけ知ることができたから、もうそれでいい。


理玖の背負うものを、あたしは軽くできない。
共に背負うことすらできない。


それなら、あたしにできることは、理玖と離れること。


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