人魚な王子

第6話

「僕は、奏の好きなものが知りたい」
「いつもそればっかり言ってるよね」
「だって、本当のことだもの」
「今は宮野くんのことを知りたいの」

 奏は、ぱっとそこを離れた。
僕はそんな彼女を追いかける。
コンビニの店内はいつだってとても狭い。
彼女はお団子とかパフェとかケーキのならんだ棚をのぞき込んだ。

「宮野くんは、あんまり甘い物食べてるイメージないなぁ。そういえば」
「僕のこと、気にしてくれてたんだ」
「だけどスポーツゼリーとかじゃ、お祝い感なくない?」
「学校のお昼休みしか食べてないのに、見てたの?」

 彼女はなぜか顔を真っ赤にした。
そんな横顔を僕に向けたまま、こっちを向いてくれそうにない。
どうしたら彼女は、僕を見てくれるようになるんだろう。

「みんながそうやって噂してるのを、聞いただけだから」
「奏もずっと、僕を見てた?」

 触れたくてたまらないその手が、棚に並んだ透明なカップケースを手に取った。
それで顔を半分隠すようにして、ようやく僕を振り返る。

「ね、これとかは? モンブラン好き?」
「食べたことない」

 手を伸ばす。
顔をちゃんと見たいから、カップを持つ彼女の手に触れる。
それを奪いとってしまいたいのに、彼女は背を向ける。

「じゃあ、ダメじゃない」
「奏が好きなら食べる」
「私は、宮野くんの好きなものを聞いてるの」
「奏。僕は奏が好き」
「それはもう知ってる」

 カップケースを戻した奏が、また動きだす。
僕はどこまでもその後を追いかけてゆく。
今度はジュースの並んだ扉の前で振りむいた。

「だけどジュースってのも、さすがに……。あ」
「どうしたの?」

 冷たい扉を背にした彼女の、真横に手をつく。
その黒いまだ湿り気のある髪に頬を寄せようとしたら、やんわりと押し返された。

「ソフトクリーム売ってる。期間限定のやつ」

 それでも僕は、彼女の髪に顔を埋め耳元にささやく。

「奏が食べたいなら、それでいいよ」
「じゃあ、それで決まりね」

 僕の腕をすり抜け、彼女はレジへ向かってゆく。
なにかを注文しているのを、僕は後ろからただ見ている。

「はい。もうなに言ってもちゃんと答えてくれないから、勝手に頼んじゃった」
「うん。それでいいよ」

 店の外に出て、彼女から鮮やかなオレンジ色のアイスを受け取る。

「じゃ、宮野くんがマンゴーで、私はチョコね」

 奏は大きく口を開けた。
とんがったその甘いクリームの先に、唇でかぶりつく。
僕はそれを見ながら、渡されたオレンジのアイスを口にする。

「ん。美味しいよ。マンゴーはどう?」
「美味しいよ」
「そっか」

 彼女のアイスを食べる横顔を、僕がじっと見ているのに、やっぱり彼女は僕を見ようとしない。

「ね、こっちのも食べてみる?」

 僕は奏に、自分のアイスを差し出した。

「いいの?」
「いいよ」

 奏の顔が近づき、僕の手からそのまま口を付ける。
彼女の舌が、自分の唇を舐めた。

「ほんとだ。こっちも美味しいね」
「奏のも食べたい」
「いいよ」

 そうやって、彼女が素直に自分のアイスを差し出すから、僕は彼女にささやく。

「ねぇ、キスしていい?」

 そう言ったら、奏は動かなくなってしまった。
返事はない。
僕が顔を近づけても、逃げるような、嫌がるような素振りもみせない。
彼女は目を閉じる。
そっと近づけた唇が触れ合う。
僕たちはゆっくりとキスをする。
彼女から甘いチョコの味がした。
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