人魚な王子
第13章

第1話

 好きですって告白する時は、「付き合おう」って言うんだってのは、何となく知っていた。
岸田くんたちが、教室のその周辺で男同士しゃべっているのを聞いていたし、前に奏が岸田くんにもそう言っていたのも覚えていた。
それはお互いに「好き同士」ってこと。

「おはよう」

 教室に入ってきた奏は、一番に僕のところへ来るようになった。
机に伏して寝ていた僕の隣に、同じようにして覆いかぶさる。
肘と肘がコツリとぶつかった。

「ね、おはようって言ったのに、おはようの返事はなし?」
「ん。おはよう」

 それを聞いた彼女は、満足したように微笑む。
ふわりと立ち上がった。
そのままいつも一緒にいる女の子たちのところへ行ってしまう。
少し離れた教室から、彼女たちの声が聞こえてきた。

「ね、宮野くん。水泳の大会で優勝したって本当?」
「大会新記録だってよ。ダントツの一位。ネットニュースにもなってた」
「凄いね。やっぱ、タダモノじゃなかったんだよ」

 そうやって言われた奏が、うれしそうにしている。
奏がうれしいのなら、僕もうれしい。
昼休みには、みんなとご飯を食べ終わった後に、二人で校内を散歩する約束もした。

 奏が僕のことを好きになってくれたのなら、それはそれでうれしい。
僕も奏が好きだから。
だからきっと奏はキスをしても怒らなかったし、ようやく彼女の好きな学校の場所も、僕に教えてくれる気になった。
僕は銀色のパックに入った栄養ゼリーの、空になったのを口にくわえたまま、彼女のお弁当とおしゃべりが終わるのを待っている。

「お前、昼飯はずっとソレばっかだな」

 岸田くんは、僕の口元でぶらぶら揺れているパックを見ながら言った。

「ちゃんと飯食ってんのか。次の大会が本番なんだ。夏バテとかしてんじゃねぇぞ」
「夏バテ?」
「体力付けろってこと」
「体力はなくても、ちゃんと泳ぐから大丈夫だよ」
「飯はちゃんと食え」
「食欲がないんだ」
「それを夏バテっていうんだよ」

 奏がやっと箸をおいた。弁当を片付け始める。
彼女はチラリとこっちを見た。
それを合図に、僕は立ち上がる。

「コイツ、女が出来て浮かれてんだよ」
「ようやく愛しのカナデチャンに振り向いてもらえたから」

 教室でいつも岸田くんと囲む仲間から、ガハハと笑いを受けた。
どんなに笑われても、自分のことならどうだっていい。

「なぁ、宮野!」

 それでも、まだ岸田くんは怒っていた。
だけどそんなことよりも、僕にはもっと気になることがあるんだ。

「僕は平気だから」

 奏が待っている。
岸田くんの心配を無視し、立ち上がった。
空になったパックをゴミ箱に放り込むと、彼女の後ろに立つ。
奏のお友達たちが、僕に向かってキャアキャアなにか言ってるけど、そんなことだってどうでもいい。
適当に「うん」とか「そう」とか「あぁ」とか返事をしておく。

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「いってらっしゃ~い!」

 元気に見送ってくれるお友達に手を振って、上機嫌な奏と教室を出る。
やっと二人きりになれた。
昼休みの賑やかな廊下を、並んで歩く。

「どこ行こっか」
「奏の好きなところじゃないの?」
「はは。それはそうだけど、なんかゆっくり出来るところがいいな」

 だけど昼休みの校内は、どこも人だらけで、二人きりになれるところなんてない。
僕は奏と並んで、ゆっくりと歩きながら校内を回る。

「水泳部のみんなからも、お祝いされちゃった。最高のタイミングですねって」
「タイミング?」
「宮野くんのこと。みんな凄いって褒めてたよ」
「奏は、僕が泳ぐの速いから、僕のこと好きなの?」
「あのさぁ!」

 奏が怒った。

「そりゃ、私も水泳やってるから、上手な人のことは好きだよ。だけど……」
「だけど?」
「もう! これ以上は言わない」

 なんだそれ。
もっと話を聞きたいけど、なんだか聞けないような雰囲気だから、黙っておく。

 彼女は自販機の前に止まると、ガコンと紙パックのフルーツミックスジュースを買った。
それにストローをさすと、ちゅっと口を付ける。

「もうここに座っちゃおうか」

 自販機のすぐ向かいにある植え込みの、その縁石に腰掛ける。
真夏の日差しもコンクリートの屋根に遮られ、ここだけは日陰になっていた。
僕も彼女の隣に腰を下ろす。

「そういえば宮野くんて、いつもスポーツゼリーばっかりだね。ちゃんと食べてるの?」
「さっきも、岸田くんに同じこと言われた」
「心配してんだよ。岸田くんは部長だから。うちのエースの心配」
「エース?」
「一番大事な人ってこと」
「僕は岸田くんのエースじゃないよ」
「じゃあ誰のエースなの?」
「誰だろう」
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