転生(未遂)秘書は恋人も兼任いたします
「おかえり」
「…ただいま」
耳元で囁かれ、くすぐったさに身をよじる。それを制すように抱き締める力を強めた逸生さんは、「会いたかった」と力なく呟いた。
「このまま紗良が帰ってこなかったら、すぐにでもここを引っ越す予定だった」
「え…」
「紗良の思い出だけが残る部屋なんか、地獄と同じだし」
子供のように大袈裟に放った彼は、抱き締める力を弱めると、私をくるりと回転させ向き合うように体勢を変えた。
彼の手が頬に伸びる。熱が触れて、ドキッと心臓が跳ねた。
そのまま顎を掬いとられ、至近距離で視線が絡む。
「紗良、笑って」
急に笑えと言われても、変に緊張して顔が引き攣る。だって、久しぶりに近くで見る逸生さんの顔は、一段とかっこよく見えたから。
そんな逸生さんは、危うく松陰寺さんと婚約していた。もしかすると、彼女がここに住んでいたかもしれない。
この綺麗な瞳も、柔らかい唇も、男らしい骨ばった長い指も、全部松陰寺さんのものになっていたのかと思うとなんだか妬けた。それこそ、笑顔なんて作れない。
「…笑わねえの?俺が笑わせてあげようか?」
「それは結構です。ダジャレはもうお腹いっぱいなので」
「まだ何も言ってねえだろ」
唇を尖らせたあと、吹き出すように笑った逸生さん。それに釣られて私も口角を上げると、逸生さんは「紗良笑った顔、クセになりそう」と、親指で私の頬を撫でた。
「…なんか今日は、寝たくないな」
ずっと紗良のこと見ていたい。逸生さんはそう囁いて腰を折ると、そっと唇を重ねた。