新そよ風に乗って 〜時の扉〜
やっぱり、まだまだ社会人としての自覚が足りないんだ。
「さっきも言ったが、決して矢島さんを責めてるわけじゃない。ただ、自分のことは自分が一番よく分かっているはずだ。その自分から逃げていては、良い結果は得られない。自分自身と向き合い、悩み、苦しんだとしても、その先にあるものは一歩前進出来た自分。その過程の速い、遅いは関係ない。自分自身ともっと向き合え」
「はい。申し訳ありません……」
「謝らなくていい」
「でも……」
言葉がそれ以外、見つからなかったから。謝る以外、出来なかったから。
「社内旅行で親睦を深め、一致団結して明日の仕事に繋げていく」
高橋さん?
先ほどとは違って、何か棒読みな高橋さんの声のトーンに、どうかしたのかと思って顔を上げた。
「そんな体裁のいいこと言ったところで、所詮、帰らなくていいから飲み倒して寝るだけなんだよな」
エッ……。
「だが、俺も中原も、矢島さんが社内旅行に参加しなかったら、寂しいのは事実だ」
「高橋さん……」
「これは、あくまで俺の意見だが、深く考えずに参加したらいいと思う。新人の有志云々の件は、何も心配しなくていい。さっき言ったから、これ以上は近藤も言ってこないだろう」
「すみません。ありがとうございます」
「矢島さん」
「は、はい」
低音ながらソフトな声の高橋さんが、手帳を閉じると前髪を掻き上げながらその視線をこちらに向けた。
「生きとし生けるもの、all living things、皆、平等だ」
高橋さん。
そう言って立ち上がった高橋さんが、ドアノブを持ちながら振り返った。
「矢島さんが行かないと言ったら、折原が寂しがるぞ」
あっ……。
「頭切り替えて仕事だ。戻るぞ」
「は、はい」
高橋さんがドアを開けて待っててくれたので、慌てて会議室から出ると、高橋さんが使用中のスライドを空室に直した。
綺麗な手。スッと伸びた指も真っ直ぐで綺麗だな。
前を歩く高橋さんの背中を見ながら、そんなことを思い浮かべつつ席に戻った。
そして、社内旅行にはやっぱり参加することを決め、最終出欠調査の際に出席に丸を付けたが、近藤さんからはその後、何も言われることはなかった。

社内旅行当日の木曜日、あれもこれもと心配性の私は、大荷物で出社した。
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