新そよ風に乗って 〜時の扉〜

知らない世界

行きたい。だけど……。
何となく、今日の自分の行動を振り返ると、別に占いや暦、方角等に拘るタイプではないが、あまり良い日ではない気がする。高橋さんの家に行きたい気持ちは山々だったが、これ以上、高橋さんと一緒に居たらもっと醜態を晒してしまいそうで、ある意味、自衛が働いたのだろう。思えば昼間から泣いてばかり。高橋さんに泣くなと言われ、そのたびにハンカチまで借りて……。
「あの、高橋さん。誘って下さって、ありがとうございます。でも、せっかくですが、今日は帰ります。あの……また誘って下さい」
よくよく考えたら、男の人二人が居る部屋に女の子一人で行くのも、決してそんな人達ではないことぐらいわかってはいたが、何となく無意識のうちに気が引けたのかもしれない。
「わかった」
高橋さんがそう言って、もたれ掛かっていたハンドルから身体を起こすと車のエンジンを掛けた。
「すみません……」
「何も謝ることじゃない。シートベルトして」
「あっ、はい」
ボーッとしていて、すっかりシートベルトをするのを忘れていた。慌ててシートベルトを締めようとしたが、あることに気づいて右手で持っていたシートベルトを元の位置に戻した。
「高橋さん。私、教えて頂ければ、駅まで歩いて行けますから」
高橋さんに押し切られるようにして車に乗ってしまったが、よく考えたら高橋さんの家で明良さんが待っているのだから、高橋さんは早く帰った方がいいに決まってる。
「通り道だから、気にするな」
高橋さん。
「でも……」
「お前を駅で降ろす方が、よっぽど心配だ」
「えっ?」
心配だなんて、高橋さん……。
「逆方向の電車に乗りそうでな」
ハッ?
逆方向って……。
「もぉ、高橋さん。あんまりですよ」
「フッ……。また牛か?」
高橋さんは、そう言って悪戯っぽく笑った。
真剣な表情で仕事している時の高橋さんも格好良くて好きだけど、この悪戯っぽく笑った高橋さんが好きだな。お茶目だし……。
家まで送ってもらいながら他愛ない話をしていたが、そんな楽しい時間は直ぐに終わってしまい、あっという間に私の家に着いてしまった。
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