新そよ風に乗って 〜時の扉〜
高橋さんが、助手席のドアを開けてくれる。何だか降りるのがもったいない。もっと乗っていたい気分だ。でも、帰ると言ったのは私なんだから。そう言い聞かせて助手席のシートから無理矢理身体を離して車から降りた。
「本当に、今日はありがとうございました。明良さんによろしくお伝え下さい」
「伝える。それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
高橋さんが運転席の方に向かい、ドアを開けた時、もう一度こちらを見た。
「Have a nice weekend!」
エッ……。
左手を挙げた高橋さんは、そのまま車に乗ると走り去って行ってしまった。
走り去る車のテールランプを見ながら、今更だが、何で断ったりしたんだろうと後悔している自分が居た。
高橋さん。
脱力感一杯になりながら玄関の鍵を開け、何時もにも増して、この真っ暗な部屋の中に入るのが苦痛に感じられ、急いで部屋の灯りをつけたいのに、そのつける気力が失せたまま床に座り込んだ。
『フッ……。お前、本当にハンカチフェチだな』 
『ハンカチフェチの陽子ちゃーん」
高橋さんとの会話が暗闇の中で思い出され、何に対してだかわからないが、こんなはずじゃなかったという思いでいっぱいだった。
高橋さん。私……。

結局、眠りに就いたのは、高橋さんに家に送ってもらってから数時間も経ってしまった後で、土曜の朝は、携帯の着信を知らせる振動音で目が覚めた。
誰だろう?
寝ぼけ眼で、何時も置いてある場所に手を伸ばし、手探りで携帯を掴んで画面を見ると、一気に目が覚めた。
— 高橋 貴博 —
着信のお知らせランプが点滅しながら振動し続けている携帯の画面には、そう記されていた。
嘘……。
高橋さんの名前を見た途端、一気に眠気もすっ飛んで慌てて電話に出た。
「も、もしもし」
「高橋です。おはよう」
「あっ。お、おはようございます」
高橋さんからは見えないのに、背筋まで伸ばして元気よく挨拶をして必死に寝起きであることを気づかれぬよう取り繕う。   
「寝てたのか?」
「えっ? そ、そんなことないです」
「電話に出た時、ガサガサ音がして出るまでに時間掛かってたみたいだから」
うっ……。
何で、そんなに高橋さんは鋭いんだろう。見えていないはずなのに、誤魔化しがきかない。
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