三毛子さん
紅葉狩りの当日、僕はわくわくして寝付けなかったせいもあり、少し遅れて集合場所に着いた。
「えっ。それで登るつもり?」
僕らのグループと思しき人だかりの輪から甲高い非難めいた声が聞こえた。
あのヒステリックな声は鷺沼先輩だな……。
鷺沼先輩は今回の幹事であるが、三毛子さんの前に仁王立ちになっている。何事かと三毛子さんの方にも目をやると彼女の格好は装備や服装こそ登山に相応しいものであったが、足元はなんといつも職場に履いて来ているのと同じハイヒールであった。
それは、アンティーク家具やインテリアによく見られる、猫あしを模した上品なヒールが特徴のモノで、お堅い職場であればNGを喰らう華やかさかもしれないが、幸いウチはデザインと広告を主とする会社で個性やファッション性は尊重される社風な上に、何より黒くて華奢で上品な猫あしヒールは三毛子さんにぴったり似合っていたので、褒めそやしこそすれ、誰も文句をいう人は居なかったのだ。
だが! 今回はまずい。何より危ない。それが先ほどの鷺沼先輩の非難めいた声の原因であることは明らかで、無理からぬ事であった。
「山を馬鹿にするにも程があるわ! あなたたちも何か言ったらどう? ――まったく。何の為に早く来たと思っているのよ。馬鹿らしい。私、先に登ってますから」
ぷりぷりと文句を言いながら鷺沼先輩は本当に先に行ってしまった。僕は三毛子さんに、少し戻った所に靴屋があったので、キチンとした登山靴買った方がいいですよ。僕、最後尾でゆっくり行ってます。何かあったら携帯に連絡下さい、慌てずに来て下さいね。と言うと彼女は何か思案をするように小首をかしげて黙ってしまった。
――帰っちゃったのかもしれないないぁ。
三毛子さんは一向に登ってくる気配がない。その一方で鷺沼先輩はずんずん先へ進み、今や頂上にある奇岩の上へと王手をかけた――その時。
「ちょっと! 何で居るのよ!」
怒鳴り声の先を見ると、何と三毛子さんが先輩よりも先に頂上に着いていた。
自分の言葉に興奮したのか、先輩は登山ステッキを振り上げ三毛子さんを追い返す仕草をしつつ威嚇《いかく》する。
途端にバランスを崩し、あわや滑落というその刹那。
三毛子さんが後を追い、岩場から跳んだ――。
そして落ち行く先輩をお姫様だっこで空中キャッチ。彼女はくるりくるりと何度か身をひるがえし、音もたてず僕らの目の前に見事にすたりと着地した。両脚がハイヒールのままだったのには更に驚いた。
いや、登山靴を履いていようと登山のベテランだろうとこんな芸当は出来やしないだろう。驚きのあまり言葉を失う僕らを見回し、三毛子さんはまたしても小首をかしげて、言った。
――何だか私、驚かせちゃったみたいだから帰ります。
ぺこん。と頭を下げ、 三毛子さんは来たときと同じ様に、猫あしのハイヒールでスタスタと山道を独りで下りて帰ってしまった。
今日こそは三毛子さんの謎が少し解けると思ったのに、ますます深まってしまった……。
「えっ。それで登るつもり?」
僕らのグループと思しき人だかりの輪から甲高い非難めいた声が聞こえた。
あのヒステリックな声は鷺沼先輩だな……。
鷺沼先輩は今回の幹事であるが、三毛子さんの前に仁王立ちになっている。何事かと三毛子さんの方にも目をやると彼女の格好は装備や服装こそ登山に相応しいものであったが、足元はなんといつも職場に履いて来ているのと同じハイヒールであった。
それは、アンティーク家具やインテリアによく見られる、猫あしを模した上品なヒールが特徴のモノで、お堅い職場であればNGを喰らう華やかさかもしれないが、幸いウチはデザインと広告を主とする会社で個性やファッション性は尊重される社風な上に、何より黒くて華奢で上品な猫あしヒールは三毛子さんにぴったり似合っていたので、褒めそやしこそすれ、誰も文句をいう人は居なかったのだ。
だが! 今回はまずい。何より危ない。それが先ほどの鷺沼先輩の非難めいた声の原因であることは明らかで、無理からぬ事であった。
「山を馬鹿にするにも程があるわ! あなたたちも何か言ったらどう? ――まったく。何の為に早く来たと思っているのよ。馬鹿らしい。私、先に登ってますから」
ぷりぷりと文句を言いながら鷺沼先輩は本当に先に行ってしまった。僕は三毛子さんに、少し戻った所に靴屋があったので、キチンとした登山靴買った方がいいですよ。僕、最後尾でゆっくり行ってます。何かあったら携帯に連絡下さい、慌てずに来て下さいね。と言うと彼女は何か思案をするように小首をかしげて黙ってしまった。
――帰っちゃったのかもしれないないぁ。
三毛子さんは一向に登ってくる気配がない。その一方で鷺沼先輩はずんずん先へ進み、今や頂上にある奇岩の上へと王手をかけた――その時。
「ちょっと! 何で居るのよ!」
怒鳴り声の先を見ると、何と三毛子さんが先輩よりも先に頂上に着いていた。
自分の言葉に興奮したのか、先輩は登山ステッキを振り上げ三毛子さんを追い返す仕草をしつつ威嚇《いかく》する。
途端にバランスを崩し、あわや滑落というその刹那。
三毛子さんが後を追い、岩場から跳んだ――。
そして落ち行く先輩をお姫様だっこで空中キャッチ。彼女はくるりくるりと何度か身をひるがえし、音もたてず僕らの目の前に見事にすたりと着地した。両脚がハイヒールのままだったのには更に驚いた。
いや、登山靴を履いていようと登山のベテランだろうとこんな芸当は出来やしないだろう。驚きのあまり言葉を失う僕らを見回し、三毛子さんはまたしても小首をかしげて、言った。
――何だか私、驚かせちゃったみたいだから帰ります。
ぺこん。と頭を下げ、 三毛子さんは来たときと同じ様に、猫あしのハイヒールでスタスタと山道を独りで下りて帰ってしまった。
今日こそは三毛子さんの謎が少し解けると思ったのに、ますます深まってしまった……。