彫刻
「ふふふ、大物を見つけたんですよ。直感ですけどこれは本物間違いなし。編集長のカビの生えた勘とはわけがちがいますから。ということで領収証なしでお願いしまぁす」

「うんうん。わかる、わかるでぇわしにも。久しぶりに見せるスミちゃんのそのギラギラした目見たら相手が本物やっちゅうのが一発でわかる。よっしゃ!この書類の山はよ片付けて、手開けて待ってるで、がんばってや!」

「でもねぇ・・・。なかなか状況は厳しいんですよねぇ・・・。苦手なタイプっていうか、うまくかわされちゃって」

自分のデスクに腰を下ろした黒川は、頬杖をついて珍しく弱音をもらした。

「ほ~ら、きよったきよった!でかい仕事ほどそうやって弱音吐いたふりして一発大逆転して帰ってきよる!ええ兆候やでスミちゃん!」

人の弱音をこれだけ満面の笑みで喜べるのはこの男ぐらいであろう。黒川は少々むっとしていた。それなのにこの男は更に油をさしてきた。

「ところで、スミちゃん。その本物っちゅうのはいったいなんの本物や?おい、まさか去年特集やった、『つちのこ』ちゃうやろな!ほ、ほんまもんやったらこれえらいこっちゃでスミちゃん!」

(どこの料亭に『つちのこ』がうろうろしてますか、このばかおやじ!)黒川は、目の前のノートパソコンを関西オヤジにぶん投げてノーテンキパソコンにしてやりたかったが、ぐっとこらえた。

「人と目を合わせられなくなるような体験っていったいなんだろう?それに不意に出くわすものの正体とは・・・う~ん、考えててもわからない」

黒川は決めた。もう一度石田の家に行ってみよう。昨夜、彼を送ったあたりの表札を見て回ればすぐに家にたどり着くだろう。

「編集長、ちょっと出てきます」

汚れた書類に今頃気づいたノーテンキ編集長が困ったように頭をかきながら黒川を見送った。

「あ!スミちゃん行く先は?」

「つちのこ!」
< 8 / 43 >

この作品をシェア

pagetop