綾織り
「沙織。大変なところ申し訳ないんだけど。」

仲介役の男が、家の中に入って来た。

「旦那に、今日中に沙織を連れて行くって、話をつけているんだ。」

「えっ?」

私は仲介役の男を見つめた。

「紫野さんには世話になったから、俺も悲しいけどよ。旦那との約束も守らないと。」

「うううう……」

育ててくれた母が亡くなったと言うのに、葬式もしてあげられないなんて。

「母上……最後まで親不孝でごめんなさい。」

まだ温かい亡骸にすがった。

もう母上の声を聞く事すらできない。

「母上!」


そう叫んだ瞬間、人の陰が壁に映った。

「これは?」

男の人の声だった。

私が振り向くと、洋服を着た襟足の長い男の人が、台所に立っていた。

「紫野⁉」

母を見ると、男の人は母の元にやってきた。

「やっと会えたと言うのに、こんな事になるなんて。」

男の人の目に、涙が浮かんだ。

「母を知っているのですか?」

「ああ。」

それ以上、母との関係を言わなかったその男の人は、母に手を合わせてくれた。
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