恋の仕方、忘れました
「お待たせしました」
アパートから少し離れたカフェの窓際のカウンター席にひとり腰掛ける彼に近付き、そっと声を掛ける。
私の声に反応した彼は、振り返り私を確認すると「言えば迎えに行ったのに」と、零した。
あの後、お姉ちゃんにご飯を食べて帰れだとか、彼氏を連れてこいだとかで何度も引き止められたけど、イノケンさんがお姉ちゃんの部屋にいるのは想定外だったし、一度出直させてほしくて無理矢理部屋を出た。
きっとイノケンさんも同じ気持ちだったのか、引き止めるお姉ちゃんを見る目が死んでた。本当にごめんなさい。
「ちょっと歩きたい気分だったので」
「…ふうん」
先程までのお姉ちゃんとのやり取りを思い出しながら主任の隣に腰掛けると、彼は視線を外に向けながらも「ちゃんと話せた?」と尋ねてきた。
「お姉ちゃん、もう裕真さんとは別れてました」
「は?」
「あの人、かなりの浮気魔だったみたいで」
そう苦笑を浮かべると、主任は「やっぱりクズだったか」と驚いた様子もなくそう放った。
そこでふとコーヒーカップが目に入る。
「主任、珈琲全然飲んでませんね。冷めてますよ?」
お姉ちゃんのアパートの前で別れてからもう2時間くらい経つのに、主任の目の前にあるコーヒーカップの中にはまだ珈琲がたっぷり入っていて、試しにカップを触ってみるとひんやりしていた。
「……いや、もし何かあったらと思うと、進まなくてだな」
「何かって、なんですか」
「例えば、お姉さんにブチ切れられて罵倒されたりとか、そのクズもその場にいて、逆上したクズに殴られたりだとか……」
言いにくそうに言葉を紡ぐ主任は、目を合わそうとしない。
照れくさいのか、それだけ言い終えるとまだ残っているコーヒーカップを持ち席を立とうとする。
慌てて引き止め、そのコーヒーカップを奪い取ると、主任は深い溜息を吐いた。