恋の仕方、忘れました
「うちの嫁は俺にゴミを見るような目を向けてくる」
「それは酷いですねぇ」
「二言目には罵倒されて、ほんと滅入るよ。家にいるより成海といた方が数億倍楽しい」
「課長ったらお上手。私もすぐ貶されるので、お気持ち察します」
「貶される?もしかして彼氏がいるのか?」
「…まさか。よく会う人の話です」
「近所のやつか」
「まぁ、そんなとこですね」
熱燗を飲み始めてから、どのくらい時間が経っただろうか。
軽く酔いが回り始め、軽く主任の愚痴を零してしまうくらいには課長との会話が弾んでいた。
回りの社員も既に出来上がっていて、私と課長がふたりで会話を楽しんでいても変な目を向けてくる人はいない。
それどころか各々で談笑していて、私達なんて眼中にない感じだ。
その間も、後ろのテーブルは終始大盛り上がり。もっと愚痴ってやろうかと思うくらいには楽しそう。
殆どがお局の声のような気もするけれど、主任と話せることがよほど嬉しいのか、一条翼の話題で持ち切りだ。
きゃっきゃと楽しそうな笑い声が聞こえる度に、胃がキリキリとする。
そこに主任の相槌が聞こえてきた時には、思わず振り返って主任の腕を引っ張りたくなる。
けれど、いくら酔ってきたからといって場の空気を悪くするわけにはいかない。
得意の営業スマイルで耐えなければならない。
この地獄の時間をどうにかやり過ごすには熱燗に頼るしかなかった。
もうすぐ徳利の中が空っぽになると思っていたところ、タイミングよく誰かが呼んだ店員がやって来たので、ついでに熱燗の追加を注文をする。
すると、
「成海、熱燗飲んでんの?」
「えっ…」
注文を受けた店員が踵を返したと同時、ふいに後ろから掛けられた声に、弾かれたように振り返った。