恋の仕方、忘れました

まさか主任に話しかけられるなんて思っていなかった私は、目を見開いたまま固まる。



「熱燗、美味そうじゃん」

「……」

「後で俺にも分けて」

「……」



声を発さないままでいる私に、彼は矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

その目はどう見ても笑ってなくて、思わず顔が引き攣った。



「主任ー?ちょっとこれ食べてくださいよー?」



無言で見つめ合うこと数秒。
主任の正面に座っていた女性社員が声を掛けたことにより、彼は再び前に向き直る。

けれど私は、その大きな背中を見つめたまま固まって動けずにいた。



な、なんだ今のは。



主任が皆の前で話しかけてきたことにも勿論驚いているけれど、それより彼の纏う空気が怒っているように感じて、背中に変な汗が伝った。


あの空気は決して良いものとは思えなかった。これ以上飲むなとでも言いたいのだろうか。

でもこれは、後ろで女といちゃいちゃする主任がいけないわけで。寧ろこれを素面で乗り切れという方が鬼だ。


それでも、皆に何を思われるか分からない中、私の目を見てくれたことが嬉しくて、顔が熱くなる。

まぁ、この状況で私達の関係を怪しむ人なんていないのだけど。



彼はいつだって余裕で、周りを見てる。私ばっかり振り回されて、惹かれる一方。

もうほんと、この男どうにかしてほしい。

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