恋の仕方、忘れました

それから暫くすると熱燗が運ばれてきて、自分でお猪口に注ごうとすれば横から伸びてきた手が先に徳利を奪った。


その手の主は、課長と反対側の隣に座っていた後輩の森岡《もりおか》君で、きょとんとする私に「先輩、どーぞ」と徳利を傾けてくる。

明るめの髪を揺らした爽やか好青年な森岡君は、人懐っこい性格で有名で、クライアントにも評判は良く、成績がどんどん伸びている。

恐らくこの屈託のない笑顔に、気遣いが出来るところが彼の人気の秘訣だろう。



「ありがとう」



素直にお猪口を差し出すと「成海さん、熱燗が似合いますね」と褒められてるのかよく分からない言葉を掛けられる。

そういう森岡君はカルーアミルクを飲んでいて、年上の女にモテそうだなと思った。



「成海さん、課長の相手ばっかり疲れないですか?」



お酒を注ぎながら、課長に聞こえないよう小声で問いかけてくる森岡君に、思わず苦笑いが零れる。

それを肯定ととったのか、森岡君は「ちょっとだけ俺とお話しましょーよ」とキラキラした笑顔を向けてきた。



「いいよ、何の話する?」

「んー、一条主任の話とか」

「ブッ」



まさかのワードに、不意打ちを食らった私は飲みかけていたお酒を危うく吹きかけた。

ピンポイントで彼の名前を出すってことは、もしかして私達の関係がバレてる?と疑ったけれど、



「俺、主任にめちゃくちゃ憧れてるんですよね」



目を細め、そう零す森岡君を見て、どうやらただ単に彼が主任を尊敬しているだけということに気付き、ほっと胸を撫で下ろした。

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