紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど

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 四月、真宮薔薇園リニューアルオープン当日は朝からよく晴れて、絶好のお花見日和だった。
 ネットやテレビで知ったお客さんたちが開園前に行列を作るほど盛況だった。
 春休みで写真撮影を楽しみにしている家族連れも多い。
 リニューアルにあたり、駐車場は一日無料にして、入場料を取る仕組みに変更した。
 ただし、千円の入場料と引き換えに、園内のレストランや売店で使える千円分のクーポン券を配るので、お客さんに実質的な負担はない。
 その方法を考えたのは玲哉さんだった。
「今までのやり方だと駐車料金に文句は出るし、園内でもお金を使ってもらえなかった。それでは商売にならない。だけど、このやり方なら、お客さんにとっては駐車料金は値下げだし、入園料も実質的に無料で、クーポンを使わないともったいないから何に使おうかと積極的にお金を使ってくれるようになる。会社としては先払いで確実に園内で消費してもらえるので、経営上のメリットは計り知れないわけだ」
 リニューアル記念として三百円分のクーポンも追加して配布したので、お客さんの反応は上々だった。
 玲哉さんいわく、「千円で千三百円配るわけだが、原価は安いから赤字にはならないし、おつりが出ない仕組みだと、心理的に額面以上の千五百円くらいの買い物で使い切りたくなるんだよ」というわけで、レストランのセットメニューや人気のローズオイルなどがちょうどそのくらいの値段設定になっていた。
 造花のフォトスポットでは、思い思いに撮影を楽しむ人々で賑わっていて、作業服姿の私も、テレビで見たからと一緒に写真を頼まれてなかなか抜け出せなくなってしまった。
「奥さん人気者ですね。夢と魔法の国のキャラクターみたいですね」
 万一お客さんが来なかったときのためにサクラをお願いしていた高梨さんがのんきなことを言っている。
「着ぐるみと違って、中の人は一人で、疲れても交代できないんだけどな」
 玲哉さんまで、他人事みたい。
 と、今井さんがやってきて、『予定通り』玲哉さんに声をかけた。
「すみません、久利生さん。ちょっと栽培部の方の状況を確認してもらえますか?」
「分かりました。行きましょうか」
 二人が仕事の話をしながら苗木栽培場へ向かって歩いていく。
 ――さてと。
 南田さんが駆けてくる。
「社長、準備できてますよ」
「はい」
 私はお客さんたちに挨拶しながら事務所棟へ向かった。
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