紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
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年が明けて冬を越した三月下旬、リニューアルオープンまであと一週間となった。
薔薇のつぼみは膨らんできていたけど、開花はゴールデンウィークあたりになりそうだった。
それでもパンジーやチューリップの花壇は満開だったし、造花も一層豪華に盛りつけてあったからお客さんの受け入れに問題はなかった。
今日は本職のモデルさんを使って宣伝素材のウエディングフォトの撮影がおこなわれていた。
モデルさんたちの雰囲気は華やかなのに、結局、玲哉さんとは喧嘩したまま撮っていないから、私の心には薔薇の棘がチクチクと刺さるようでつらかった。
「どうしたんすか」と、南田さんがペットボトルのお茶をくれた。「元気ないっすね」
私は玲哉さんに対する気まずさを話した。
「なんだ、それなら社長も撮ってもらったらいいじゃないですか」
「わたしはべつに……」
「イケメンの旦那さんも、撮りたいんじゃないですか?」
え?
玲哉さんが?
「だって、結婚式もしてないんすよね?」
「ええ、そうですけど」
そっか。
私、自分のことしか考えてなかったんだな。
玲哉さんの気持ちを考えもしないで拒んでしまったんだ。
「私、謝らなくちゃ」
ちゃんと目を見て、気持ちを伝えなくちゃ。
「だったら、こうしたらどうですか?」
小気味よいカメラマンさんのシャッター音を邪魔しないように南田さんが耳打ちした。
「えー、私、そういうの苦手なんですけど」と、ささやき返す。
「ふだんいいように操られてるんでしょ」
『操る』というワードにちょっとドキッとするけど、南田さんに悪気はない。
「いつもお手玉されちゃってるのがムカつくんでしょ」
えっと、お手玉じゃなくて、手玉に取られてるっていうか、べつにムカついてもいませんけど。
「だったら、ちょっとくらい仕返しのつもりで遊んであげたらいいじゃないですか。旦那さん、案外そういうの好きかもしれませんよ」
うん、たしかに乙女な一面があるもんね。
「でも、私にできますか?」
「うちら手伝いますから」
南田さんがノリノリで今井さんに相談しに行く。
なんだか、ただ単に自分が楽しみたいだけなんじゃないのかなあ。
オープン初日に向けて、極秘ミッションが始動していた。