紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
◇
目を開けると、そこは暗く沈んだベッドの上だった。
どれくらい眠っていたんだろう。
私は男の腕に頭を置き、もう片方の腕に包まれるように横たわっていた。
――ああ……、そうか。
終わったんだ、私の人生、なにもかも。
何不自由のない生活も、うらやましがられる地位や名誉も、私自身もすべてゴミ箱に捨てたんだった。
「終わらせちまえよ」
――え?
カーテンからかすかに漏れる星明かりに照らされて、目を開けた男が私を見つめていた。
「終わらせちまって、新しい自分に生まれ変われよ」
……。
「嫌なんだろ、自分が」
私はうなずいていた。
「謙遜は日本人の美徳だが、卑下は違う。自分を大事にするのは自分だ。自分が自分を信じてやれなくなったら、誰が信じるんだ」
――ごめんね、今までの私。
「もう生まれ変わってるんだよ。昨日まで見たことのなかった風景を見ている自分がここにいるんだ。たったそれだけのことでも、すでに昨日の自分とは違うんだ。生まれ変わるきっかけなんて何でもいいのさ。そう決めたその時から始まるんだ」
涙がにじみ、一筋頬を伝って流れ落ちた。
彼の骨張った指がそれをすくい上げる。
紫の香りに何度頬を撫でられても涙が涸れることはなかった。
涙を見られることはもう嫌ではなかった。
むしろ、ずっと見ていてほしかった。
こんな私から目をそらさずにいてほしかった。
「私、本当は美術大学へ行きたかったんです」
彼が私の頭に手を回して、指を絡めて髪を撫でる。
「絵を描きたかった?」
「はい。自分で言うのもなんですけど、絵は得意なんです。子供の頃に真宮ホテルの庭園の絵を描いて祖父に見せてました。すごく褒めてくれて、私、親からは褒められたことがなかったから、絵を褒められたのがとても嬉しくて」
そうか、と優しい吐息が耳をくすぐる。
「祖父が入院したときも、薔薇園の絵を描いて持っていったんです。枕元に飾ってくれてました。祖父は薔薇園のことを気にかけていて、もう一度見に行きたいものだと言っていたんですけど、かないませんでした。でも、亡くなる間際に、枕元の絵を見て、『今年もよく咲いたなあ』って笑って、そのまま息を引き取ったんだそうです」
彼は何も言わず、ただ私の髪を撫でてくれていた。