紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど
 と、そんなとりとめのない話をしていたら、きゅるるるぅと、私のおなかが鳴った。
 ――ああ、もう、こんなときに。
 玲哉さんが起き上がる。
「朝食の支度でもするか」
「あ、手伝います」
「いや、一人の方がやりやすい」
 いつの間に着ていたのか、グレーのパンツとVネックのアンダーシャツ姿で彼はさっさとダイニングキッチンへ向かってしまった。
 私も起き上がったけど、自分が裸なのに気づいて思わず隠してしまった。
 ――誰も見てないのに。
 なんだか、それでも恥ずかしい。
 私の下着、どこだろう。
 ベッドサイドのコーヒーテーブルに、スカートとブラウスがきれいに折りたたまれていて、その上に下着も置いてあった。
 ――あれ、いつの間に?
 ずっと一緒に眠っていたのかと思ったけど、もしかして、玲哉さん、夜中に起きてたのかな。
 だからさっき下着だけ着ていたのか。
 たたんでくださったのはうれしいけど、自分の分身みたいな下着をじっくり見られちゃってたかと思うと、また体がむずがゆくなってしまった。
 と、どこからか機械がうなるような音が聞こえてきた。
 下着を着けてブラウスだけ羽織ってから、音のする方へ行ってみた。
 自分でも驚くくらい、バレエでも踊ってるみたいに軽い足取りだった。
 私、さっきからおかしいよね。
 どうしたんだろう。
 自分が自分でないみたい。
 ダイニングキッチンでは、玲哉さんがカプセル式のエスプレッソマシンを操作していた。
「飲むか?」
「いただきます」
「フォームミルクでいいか?」
 牛乳を泡立てる専用のマシンが動いていた。
「じゃあ、それで」
「砂糖は?」
「いえ、いつも入れてません」
「そうなのか」
 私たち、お互いのことを何も知らないんだな。
 なのに、あんなことしたり、あんなところ見られちゃったり。
 自分から様子を見に来たのに、なんか顔を上げられない。
< 23 / 118 >

この作品をシェア

pagetop