紫の香りに愛されて ゆきずりのコンサルタントに依頼したのは溺愛案件なんかじゃなかったんですけど

   ◇

 朝はスマホのアラームが鳴る前に王子様のキスで起こされる。
「朝飯できたぞ」
「ん……、おはようございます」
 眠り姫は朝が苦手です。
 梅雨が明けて、最近は朝から気温が高い。
 窓の外には広い青空と白い煙を吐き出す工場、そして、その向こうに東京湾が輝いている。
 遙か遠くの羽田空港から飛び立った飛行機が急旋回しながら上昇していく。
 背伸びをしつつそんな様子を眺めているうちに体が目覚めてくる。
 お寝坊さんの私に比べると玲哉さんはいつも朝が早い。
 アラームも鳴らさずに六時くらいに目覚めて周辺をランニングしてくるらしい。
 その後、シャワーを浴びて身支度をし、朝食を作ってくれる。
 一日おきに和食と洋食が入れ替わる。
 在宅勤務だと曜日の感覚が分からなくなりがちだからなんだそうだ。
 月水金は和食、火木土は洋食。
 日曜日はちょっと遅めのブランチを私が作る。
 それが私たちの朝のリズム。
「今日もおいしかったです。ごちそうさまでした」
「パジャマはバスケットに入れておいてくれ」
 はぁい。
 洗面台で身支度を調えていると、玲哉さんが洗濯機を回しにやってくる。
 室内干しだけど、一部屋をまるごとクローゼットとして使っているので、干す場所には困らないし、私が仕事から帰宅する頃にはきちんとたたまれている。
「いつもふぁりはとうごふぁいます」
 歯磨きしながらお礼を言うと、なんてことないさと軽い返事でかわされる。
「下着の洗い方もバッチリだろ」と、専用のネットに入れてくれる。
「なんか申し訳なくて。ちょっと恥ずかしいし」
 ショーツの部分汚れはシャワーを浴びる時に手もみで軽く処理してあるけど、シミまでは落ちない。
「そんなこと言うなよ。どうせ中身の本体も全部見てるし」
 お尻でプッシュ攻撃。
 ホント、デリカシーがないんだから。
 こんな感じで朝の時間はあっという間に過ぎていく。
 私の普段着は作業服になった。
『真宮薔薇園』の社名入りだ。
「行ってきます」
「こら、待てよ」
 タオルで手を拭きながら玲哉さんが玄関まで駆けてくる。
「行ってらっしゃい」と、言ったくせに濃厚なキスで私を引き留める。
「もう、遅刻しちゃいますよ。ふつう、お出かけのキスってほっぺに軽くとかなんじゃないですか?」
「加減が下手ですまんな。早く帰って来いよ」
 私の苦情なんか軽く受け流される。
 閉まる玄関ドアの隙間に最後の挨拶。
「お夕飯楽しみにしてます」
「任せろ」と、夫の親指に見送られる。
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