先生の愛が激重すぎる件
 そう言って退職願を手渡した。

病棟に戻ると相原先生がエコーの機械を押しながら廊下を歩いている。

「先生、これ返却ですか? 私が行きますよ」

「ありがとうございます。でも重いので大丈夫です」

 私はハッとして手を引っ込めた。腹圧がかかるような力仕事は避けた方がいい。

「あの……この間はありがとうございました」

「なにがですか?」

 きょとんとする相原先生。私は小声で

「教えていただいたお姉さんのクリニックに行ってきました」

 というと、相原先生も小声で「お役に立ててよかったです」といった。

「ありがとうございました」

 私は深々と頭を下げた。

相原先生のおかげで妊娠の事実と向き合うことができて、評判の良いクリニックを受診することができた。これで安心して子供が産める。

「明日美」

 振り返ると荒木先生が白衣の両ポケットに手を突っ込んで立っている。俺は不機嫌ですと言わんばかりの表情だ。

「相原となに話してた? クリニックがどうとか言ってなかったか」

 声は抑えていたはずなのによく聞き取れたものだ。つい感心してしまいそうになる。

「いってません……とにかく先生には関係ない話ですよ」 

 冷たく突き放すように言った。

すると途端に悲しげな表情に変わる。いつもほがらかで豪快で陽気な先生にこんな顔をさせてしまうなんて。そう思うと胸の奥が痛む。

「……心配なんだよ。お前、最近体調が悪そうだし。それよりいま、どこに住んでるんだ」

「どうしてそんなこと聞くんですか?」

「もし明日美になにかあったらすぐに駆けつけられようにだよ。悪いか!?」

「……なにもないですよ。私は元気ですし。それにもう先生のこと頼ったりしませんから病院では仕事と関係ない話はしないでください」

 もうこれ以上私に係わらないでほしかった。

独りで子供を産もうとしている私に無責任なやさしさをかけないでほしかった。

心のどこかに先生にすがりたくてたまらない気持ちがあることを気付かされてしまうから……。

「……わかったよ、もうしない」

 去っていく大きな背中がこれほどまでに小さく見えたことはなかったかもしれない。

自分で突き放しておいて、泣きたくなるなんて自分勝手すぎて笑えた。


***

それから退職の日まではあっという間だった。

夕方、その日の夜勤者がそろったタイミングで私は退職の挨拶をさせてもらった。

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