金曜日の角砂糖は溺れかけ
家族になっていくんだ

○八年後、居酒屋の個室(夜)

かっしーと向かい合わせに座っている六花。かっしーの隣には坂巻がいる。

かっしー「いやー、ビックリしたよね。まさか坂巻が一番に結婚することになるとはね」
坂巻「え?そう?」
六花「お相手のかた、可愛い人ですね」

坂巻が見せてくれたスマートフォンの画面には、ロングヘアの清楚な女性の写真が表示されている。

坂巻「うん、可愛いんだ。大学の時の先輩なんだけどさー、マジで可愛いの。優しいし」
かっしー「うわー、ノロケてる」
坂巻「えっ、いいだろ、今くらい!結婚式にはみんな呼ぶからさー、それまでノロケさせてよ」
かっしー「意味わかんないけど、まぁ、いいよ。ノロケなよ」
坂巻「かっしー!!そう言ってくれると思ったぜ!」

坂巻がかっしーと腕をガシッと合わせる。

六花「……お二人って、本当に仲良しですね」
かっしー「いや、気をつかわないだけ。楽な相手。それだけ」
坂巻「なんだよ、仲良しでいいじゃんか」
かっしー「あはっ、別にいいけどさ」
六花「高校二年生で同じクラスになったんでしたっけ?」

六花が記憶を辿るように目を閉じる。

坂巻「そーそー。知らない奴ばっかの中でさー、かっしーもぼっちだったからさー」
かっしー「ぼっちって言うな」
坂巻「ぼっち同士で友達になったら、気が合ったんだよな」
かっしー「共通の知り合いがいたのは大きいよね」
坂巻「マジそれ。ってかさ、あいつは?何してんの?」

坂巻が六花を見る。

六花「平くんですか?もう来ると思いますけど」
坂巻「マジどうなの?りっちゃんと平。二人のほうが早く結婚すると思ってたよ」
六花「えっ」
かっしー「おいおい、坂巻の頭の中にはデリカシーという文字が消滅しているのかいっ」

かっしーが坂巻を小突く。

坂巻「でも、付き合って何年?長くない?」
かっしー「マジでやめろ」
六花「……」

その時、個室の扉にノック音がする。

平「ごめん、遅れた」

平が顔を見せた。スーツ姿で、いかにも会社帰り。

かっしー「久しぶり、黒崎くん」
平「久しぶり。かっしー、この間はごめんな、なおが……」
かっしー「えっ、いいよ。別に」
坂巻「何?平の弟が、何?」

きょとんとする坂巻。

六花「あれ?知らないんですか?坂巻くん」
坂巻「え?」
平「お前って、敏感なのか鈍感なのか、よくわからないな」
坂巻「え?」
平「……なおは、かっしーが好きなんだよ。で、この間かっしーに伝えたってわけ」
六花「ずーっと、かっしーのことを想ってたんですもんね。素直くん、一途です」
かっしー「……」
坂巻「えっ!?うそっ、何それ!!かっしー、付き合うの!?」

かっしーは少しだけ赤くなる。

かっしー「いや〜、素直くん、まだ高校三年だし、受験生だし」
坂巻「うん」
かっしー「恋人になりたいって言われて嬉しかったよ?でも、その前に素直くんには頑張らなくちゃいけないことがあるじゃん」
坂巻「えー、ってことは振ったってこと!?いいじゃんか!付き合っちゃえよー」
かっしー「馬鹿かっ、そんな簡単じゃないの」
坂巻「えーーーっ、逃げてるぞ!かっしー」

坂巻は不服そうな表情。平と六花は顔を見合わせる。

六花「素直くん、ちゃんとかっしーの気持ち、わかってましたよ」
平「そうそう。一人前になったら、またかっしーに気持ちを伝えるんだって言ってた」
かっしー「……その前に素直くん、他に好きな人が出来るかもしれないけど」
六花「そんなことないです。素直くんは、そんな人じゃないですよ」
坂巻「そうだよ、そんなにずっと一途ならさ、他の人のことなんて考えてないと思うよ」

坂巻がニコッと笑う。

坂巻「ってか、かっしー!平の弟のこと、好きだったんじゃん!!」

嬉しそうに言い放つ坂巻を、平とかっしーが同時に小突く。

坂巻「痛って!!」
かっしー「だから!!デリカシー!!」
平「本当それなっ!」

かっしーがコホンっと咳払いして、ビールをひと口飲む。

かっしー「みんな、仕事ってどう?」
坂巻「りっちゃん、管理栄養士だっけ?平は大手企業の会社員だもんな?営業マンなんだろ?ビックリだよなー」
かっしー「いや、坂巻が保育士っていうのも意外だけど」
坂巻「そう?オレ、保育士の仕事好きー。かっしーは今、学生なんだもんな?」
かっしー「そう。一応親の言うこと聞いて教育学部には行ったけどさ、やっぱり私、ゲームクリエイターになりたくて。そっち系の学校に通ってる最中」
六花「カッコいいです」

かっしーが嬉しそうに笑う。

坂巻「みんな、大人になってくなぁ〜」
かっしー「当たり前じゃん。万物は流転するんだから」
坂巻「あはっ、確かに」



○居酒屋から近くの駅

六花と平は駅のホームで、電車を待っている。

平「ほんっと、あの二人って仲良いよな」
六花「はい。そこに恋の成分が全く入っていないと言って、お二人とも大笑いしていました」
平「あはっ、あいつららしいな」

ホームにもうすぐ電車が来るという、アナウンスが流れる。

六花「……素直くん、大丈夫でしたか?かっしーとの一件のあと」
平「大丈夫だよ。でもあのあと、オレん家でやけ食いしてた」
六花「えっ、やけ食い!?」
平「でっかいオムライス食べたいって言われてさー、オレ、あんなでっかいオムライス、初めて作ったし」
六花「オムライス……」

六花の目がキラキラしてくる。

平「……食べに来る?って言っても、今日はもう食べらんないか」
六花「いえ、行きますっ!食べたいですっ!!」
平「お腹壊すぞ」

平が笑う。電車がやって来た。それに乗りこむ二人。空いている座席に座ると、平が六花の手を握る。

平「……じゃあさ、明日の晩ごはんにしたら?」
六花「え?」
平「明日は休みじゃん。何か予定ある?」
六花「ないですっ!」
平「じゃあ、決まり。それまでオレと一緒にいよう?」
六花「っ!!」

思わずドキンッとしてしまう六花。

六花「……ず、ずるいです」
平「え?何が?」
六花「私ばっかりドキドキさせられます」
平「何言ってんだよ、あはははっ」

楽しそうに笑う平。

六花(うぅー、その笑った表情も好きー)



○平がひとりで暮らしているマンションの一室

洗面所で二人、並んで歯磨きをしている。もうお風呂に入って、二人とも寝巻きを着ている。先に磨き終わった平がタオルで口元を拭きつつ、鏡越しに六花を見る。

平「六花、また痩せてない?」
六花「ふぇっ?ふぉんなふぉとふぁいと(えっ?そんなことないと)……」
平「ちゃんと食べてる?仕事、忙しい?」

六花も磨き終わり、口元をタオルで拭く。

六花「うーん、でも確かに。ひとりで暮らしてから、以前よりかは食べてないかも、です。仕事も今、少し忙しくて」
平「……やっぱり」

ひょいっと六花をお姫様抱っこする平。

六花「わっ、わっ!!」
平「明日のオムライス、大きいの作る」
六花「えっ?いいんですかっ!!やったー」

そのまま寝室に行って、ベッドに六花をそっとおろす平。六花の眼鏡を外した平は、優しくキスをする。

六花「平くん」
平「ん?」
六花「……小腹が空きました」
平「へ?」

六花が恥ずかしそうにお腹をおさえる。

六花「軽く、何かを食べませんか?」
平「あはっ、ほんっと食いしん坊だな」

平が六花を抱っこする。

六花「わわわ、自分で歩けますっ」
平「もうちょっとくっついてたいじゃん」

六花の首筋にキスを落としつつ、キッチンへ向かう平。

六花「甘々モードですね」

真っ赤な顔を見られまいと、平の首元に顔をうずめる六花。

平「そう?六花のが甘いけど」
六花「え?」
平「なんていったって角砂糖だしな」
六花「それは平くんがっ」
平「こんなに甘くて、優しい女の子だって、オレだけが知ってるんだ」

キッチンに着いて、平が六花をおろす。それでも体を離さず、抱きしめる。

平「角砂糖って呼んでた頃からずっと、六花のこと好きだから」
六花「……っ」
平「これからもそばにいたい」
六花「……それは、私もです」

六花の顔をのぞきこむ平。

平「結婚するの、まだ怖い?」
六花「……」

六花(両親みたいに、離婚して恨み合う可能性があると思うと、まだ怖い)
(でも……)

六花は遠い過去のことを思い出す。かっしーと、夢について話したあの昼休み。

六花(かっしーに夢を聞かれて、私、本当は思ったんだよね)
(あの頃から、気持ちは同じ)

六花「……平くんと、家族になりたい」
平「!」
六花「最近、思うんです。平くんのマンションから家に帰る時。なんで別々に住んでるんだろう?って。どうして離れる時間があるんだろう?って」
平「うん」
六花「それは、私が結婚に踏み切る勇気がなかったからなんですけど……。でも、平くんはずっと変わらず好きでいてくれました。ずっとそばにいてくれました」

六花は平を見つめる。

六花「私でも、いいんですか?」
平「……当たり前じゃん」
六花「平くんのそばにいたいです」
平「うん、嬉しい」

六花は赤い顔のまま、平にそっとくちづけする。

六花「平くん、私の居場所になってくれてありがとう」

見つめ合って、ニコニコ笑い合う二人。平の顔が近づいてきて、照れ隠しに六花が平の鼻の頭を軽く噛む。

平「あはっ、痛て。夢じゃない」

嬉しそうに鼻をおさえた平も、六花の首元をかぷっと噛む。

六花「痛いー、夢じゃないですっ」

平が六花にキスをしようとする。それに気づかず、六花はうつむき、お腹をおさえる。

六花「お腹の虫が……」

きゅるんっとお腹の音が鳴る六花。

平「あはっ、あはははっ」

大笑いした平に、六花もつられて笑う。

平「何食べたい?」
六花「えー?平くんのごはんならなんでも食べたいですっ」
平「軽いものって、何だろ?……あっ、ってか今日、何曜日だっけ?」
六花「え?金曜日です」

六花はきょとんとして、すぐハッとする。

六花「わー、ごはん会ですっ!素直くん、呼びますっ?久しぶりにみんなでごはん食べませんかっ」
平「いいけど、あいつもう寝てるかも?……あっ!六花、呼ぶのはいいけど、その前にちゃんと服着てっ」
六花「え?服着てますっ」
平「だめ!そんな寝巻きの、しかも露出多い服っ!それはオレだけが見ていい恰好なの!」
六花「えー、じゃあ、服、貸してください。楽なやつ」
平「それも絶対だめ!」
六花「何でですかーっ!!」



○それから更に五年後の日曜日、黒崎家の近所の公園(昼過ぎ)

とてとてと、女の子が走っている。その後ろを追いかけている六花。

六花「待って、果穂(かほ)!止まってー!」

果穂と呼ばれた女の子は、公園の入り口から入って来た平に抱っこされる。

平「果穂、ママの言うこと聞かなくちゃダメじゃん」
六花「良かったー、追いつかなくて冷や汗をかきました」
果穂「パパー、なおくんはー?」
平「なお?もうすぐ来ると思うけど」

果穂が嬉しそうにキョロキョロする。

果穂「なおくんにこれ、あげるの」

ポケットから飴玉を取り出す果穂。イチゴ味と書いてある。

平「おっ、優しいね。果穂のお気に入りの味、なおにあげるんだ?」

果穂が大きく頷く。

六花「お祝いのつもりらしいです」
平「あいつ、泣いて喜ぶぞ」
六花「素直くんは果穂を溺愛していますから」

抱っこされている果穂が、体をジタバタさせて下りたがる。平は果穂を下ろして、でも手を繋ぐ。じっとその場にしゃがんで、何かをじっと見ている果穂。

六花「?何かいるの?」
果穂「アリさんっ」
平「本当だ、アリの行列」

アリの行進をじーっと見ている果穂を見ている平と六花。

平「六花、お義父さんと和紗さんにあのこと、もう話した?」
六花「……いえ、まだ。今度実家に行こうかなって思っていて。顔を見て伝えたいし」
平「オレも一緒に行くよ。転勤する話もしたいし」
六花「お願い出来ますか?引っ越すって言ったらきっと二人とも、寂しがります。果穂となかなか会えない日々に耐えてもらわないといけないし」
平「果穂は人気者だなぁ」

その時、果穂が嬉しそうな声を出す。

果穂「なおくんっ、なおくんだっ」

素直が公園にやって来る。その隣には、かっしーもいる。

素直「果穂ーっ、元気だった?」

果穂は嬉しそうにもじもじして、頷く。それぞれ「久しぶり」と、挨拶をする。

かっしー「わー、懐かしいね、この公園」
素直「実家に帰ると、来たくなるんだよね。この公園」
六花「わかります、この公園は思い出深い場所です」
平「それ、オレっていうより、素直との思い出だろ」
かっしー「黒崎くん、嫉妬が顔に出てる」
平「……かっしーも、『黒崎』だけどね」

かっしーが「まぁね」と、笑う。素直が懐かしそうな目で、公園を見渡す。

素直「ここでさー、義姉さんにバレーボールを教わって、お礼するって半ば無理矢理に家に連れて行ったんだよね」
かっしー「そうだったの?」
六花「そしたら平くんがいて。ごはん食べさせてもらって」
平「ごはん会が始まったんだよな」
かっしー「私、ごはん会のことを知ったのって、だいぶ後だったなぁ」
六花「ごめんなさい」
かっしー「六花ちゃんが食いしん坊なことも、だいぶ後で知ったんだから」

かっしーが楽しそうに笑う。それにつられてみんな笑う。

六花「あっ、そうだ。果穂、素直くんに渡したいものがあるんだよね?」
素直「えっ、何?果穂が?」
果穂「……なおくん、あげる」

果穂が飴玉を素直の手のひらにのせる。

素直「えっ、ありがとう〜!!あ、これ、果穂のお気に入りの飴じゃん!うわー、泣けるっ」
果穂「赤ちゃん、いつ会える?明日?」
六花「もうちょっとあとだよー」
果穂「あさって?」
かっしー「いやー、さすがにそんなにすぐには産めないなぁ」

笑うかっしーに、果穂が近づく。またポケットから何かを取り出す仕草をする果穂。

かっしー「?」
果穂「あげる」

もじもじした果穂は、四つ折りになっている折り紙をかっしーに渡す。

かっしー「ありがとう、見てもいい?」

果穂が頷き、かっしーが折り紙を開ける。そこには女の人の絵が描いてあり、子供らしい文字で『だいすき』と書いてある。

かっしー「わー、ありがとうっ!これ、私かな?」
果穂「うん」
かっしー「わー、泣けるーっ」
素直「果穂は優しいなぁ」
平「お姉さんになるんだもんな」

果穂の頭を優しく撫でながら何気なく言った平に、素直とかっしーの視線が集まる。

素直「えっ、そうなの!?」
かっしー「六花ちゃん!?」

今度は六花を見る二人。

六花「……はいっ!」

嬉しそうな果穂。

素直「えっ、父さん知ってるの?」
平「うん。さっき転勤の話と一緒に伝えたら喜んでた。果穂の時もそうだったけど、見たことないくらい、テンション上がってた」
素直「あ、わかる!オレもそれ、見た」

笑い合うみんな。

六花(あぁ、そっか)
(こうやって、家族になっていくんだなぁ)
(あの頃の私に、伝えてあげたい)

六花は平をこっそり見る。

六花(角砂糖になって)
(金曜日にはドキドキの海に溺れかけるけど)

平「六花?」
六花「何でもないです」
平「そ?」

六花はそっと平の手を取り、みんなには見えないように体の後ろでぎゅっと握る。平は不思議そうに六花を見てから、でも嬉しそうにその手を握り返してくれる。

六花(寂しさも、つらさも)
(乗り越えられるんだよって)
(大好きな人のおかげで)
(私、今日も元気だよって、伝えたい)

果穂「ママー、ごはんー」
平「まだごはん早いよ、果穂」
かっしー「果穂ちゃんも食いしん坊だよね、可愛いっ」
素直「今晩、何のごはん?」
六花「私、作りますっ!今晩のメニューは……」







       ーーー完ーーー



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