サイコな機長の偏愛生活
8 人生は、発着時刻のない周遊旅行



「本当にいいのか?」
「……はい」

マンションの裏手にある道路に、ハザードランプを点灯させて停車している先輩の車。
マンションに着くまでは私の薬指にあった指輪が無いことに気付いた先輩が、大きな溜息を漏らしながら声を掛けて来た。

「点滴しないとならないから、帰りましょ」
「帰るって、……お前の家はここだぞ」
「……すみません、我が儘言って」
「ったく、相変わらず頑固だな」

先輩は郁さんに事情を説明して、財前家の主治医がいる病院できちんと治療を受けた方がいいと言う。
私だってそれが一番いい方法だというのは理解出来るんだけど。
今、彼の傍であれこれと私が動くと、返って騒動を大きくしてしまいそうで。

きっと彼の周りには報道陣が常に張り付いていて、スクープを狙うパパラッチがいると思うから。

以前、ASJの広告契約で来栖 湊さんやアイドルグループが浮上した際も、スクープを狙うパパラッチが彼に張り付いていたことがある。
芸能人でもない彼がパパラッチに追われ、『この人もそういう世界の人なんだ』と改めて実感した。

「近くにパパラッチがいるかもしれないので、早めにここを離れましょう?」
「……はぁ」

先輩は溜息を漏らしながら、渋々車を発進させた。

今にも零れ出しそうな涙を堪え、窓の外に視線を向ける。
クリスマスに彩られたイルミネーションが、弱り切った心に突き刺さる。

郁さん、約束を守れなくてごめんなさい。

『今年のクリスマスはバニラアイスにソーテルヌ(極甘口の白の貴腐ワイン)をかけて食べような』

甘口のワインが好きな私のために、彼が極上のワインを手配してくれたのに……。

< 136 / 182 >

この作品をシェア

pagetop