サイコな機長の偏愛生活(加筆修正中)

ぎゅっと瞑っていた瞼を必死に開ける。
だって、この後の出来事を私は知っている。

「ぅっ……っ……」

涙も鼻水も止まらないけれど。
そんなことはどうでもいいとさえ思える、次のアナウンスの言葉を待っている自分がいる。

そして、その時は訪れた。

『先ほど、機長より紹介に預かりました、副操縦士の財前です』

少し低めで色気のある声。
乗客に伝わるようにゆっくりとした口調で、優しく語り掛ける彼の声に、胸の奥がキューッと抓まれる。

『人生において、誰でも一度や二度は挫折を味わい、辛い日々から逃げたくなるものです。ですが、諦めずに努力し続けることで、必ず別の扉が開きます。同じ場所に戻れればベストですが、例え違う世界の扉だったとしても、決してマイナスになることはありません。人生に悩んだ時、日常の生活にスパイスが欲しい時、大切な人と素敵な時間を過ごしたい時。そんなワンランク上の世界を目指したくなりましたら、是非、当ASJをご利用頂ければと存じます。皆様のご搭乗を社員一同、心よりお待ちしております。狭き機内ではございますが、残り時間、ごゆっくりとお寛ぎ下さい。本日もASJをご利用頂きまして、誠に有難うございます』

あの日のあの時のあの言葉が、今の私の心にも深く刻まれる。

数日前に手放したはずの縁だと思っていたのに。
自分の心に何度も言い聞かせて、納得していたはずなのに。

こんな風に簡単に、また彼に惹かれてしまっている。
ううん、違う。
そんなに簡単に断ち切れる縁なんかじゃなかったのよ。

乾いて傷ついて抉られた私の心に、少しずつミネラルを与え続けてくれた彼。
病で傷ついた彼を癒そうと努力していたはずなのに。
結局、ぼろぼろの心を彼が癒してくれていたんだ。

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