サイコな機長の偏愛生活

院長室を出た彩葉は、猛ダッシュで非常階段へと。

トゥルルルル~トゥルルルル~

『もしもし?』
「郁さんっ!」
『その様子だと、院長に呼ばれたか?』
「えっ、何で分かるんですか?」
『フッ』
「えぇ~っ、何で知ってるんですかぁ~!一番最初に伝えたかったのにぃ~~っ!」
『ごめん』

コール二回で出た恋人の口から、電話の内容を既に知ってると思われる口ぶり。
彩葉は気になりつつも、抑えきれない感情が溢れ出していて、スマホを握る手が汗ばむほど。

「念願の准教授になれそうですっ」
『おめでとう、彩葉』
「ありがとうございますっ!」

両親よりも先に伝えたかった。
毎日のように仕事で夜遅くになっても文句一つ言わずに受け入れてくれる彼に。

『仕事が終わり次第、出来るだけ早くに帰るから』
「はいっ、待ってます!」

やっぱり電話口ではなくて、直接祝って貰いたい。
医師になれば、必然的に専門職の資格を取るようになるが、その資格よりも喜びは遥かに大きい。

「あっ、そうだ!今夜、職場のみんなと飲み会があるんですけど、参加してもいいですか?」
『もちろん、行っておいで』
「ありがとうございますっ」

ツツツツッ…ツツツツッ…

「あ、郁さん、ごめんなさいっ。呼び出しが入ったので、仕事に戻りますね」
『ん、無理するなよ』
「はぁ~い、郁さんもっ」
『ん』

ツーッ、ツーッと通話が途切れた無機質な音が耳に届く。
普段なら切なくなるようなその音も、今は全く気に留めないくらい気分が高揚していた。

木枯らしにも似た冷たい風が吹きつけるにもかかわらず、それさえも心地いいと思えるほど、今の気分は例えようが無いほど満たされて―――。

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