だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
「先に瑠衣が欲しいんだ」

 そう言って彼が私の長い髪に指を滑らせた。

「触らないで!」

 反射的に叫んでしまい、久弥さんだけではなく声を発した私も驚く。わずかに彼の手が髪から浮き、その隙に腕の中から抜け出した。

「あ、あの……ごめんなさい。とにかく支度しますから」

 早口で捲し立てキッチンに逃げ込む。久弥さんのもの言いたげな視線が背中に刺さるのを感じながら、髪を手櫛で整えた。

 なにを、ムキになっているんだろう。

『寧々さんも以前、髪を伸ばしてまっすぐにされていたから』

 有沢さんの発言に振り回されすぎだ。でもこの前のパーティーでも、母の手術帰りに並んでいるのを見たときも、久弥さんと鎌田さんはとてもお似合いで親しそうだった。

 きっと鎌田さんなら久弥さんの結婚相手として文句を言われたり、不思議がられたりしないんだろうな。

 久弥さんは、割り切ったものとはいえ、彼女と結婚を考えていたのだとしたら、今はどうなんだろう。気まずい雰囲気は微塵もなかったから、私と別れたあとにまたお互いのメリットのために考える? そんなふうに私との関係も割り切っている?

 押し潰されそうになる気持ちに蓋をして、とにかく今は久弥さんのご飯を準備するのが最優先だと、重い鉛を沈めたまま手を動かす。

 結局その後、久弥さんとは話し合うどころか、ろくに会話もできなかった。
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