だって、君は俺の妻だから~クールな御曹司は雇われ妻を生涯愛し抜く~
 泣かないよう精いっぱい目を見開いていると、彼の大きな手が涙の跡を拭うように頬に添えられた。

「俺のために、怒って泣いてくれたんだな」

 そっと目尻に唇を寄せられ、反射的に目を瞑る。次に目を開けたとき、想像以上に久弥さんの顔がすぐ近くにあった。

 彼の瞳に映る自分を見つけられるほどの距離だった。時間が止まったような感覚に陥り、続けてごく自然に目を閉じると、唇に温もりを感じる。

 触れるだけの優しい口づけに波立っていた心が落ち着く。

 ややあって唇が離れ、おもむろに目を見開き、久弥さんを視界に捉える。すると急に冷静になり羞恥心が湧き起こった。

「あの」

「嫌だったか?」

 なにか言おうとする前に切なそうに尋ねられ、しばし葛藤したあとおずおずとかぶりを振る。

「嫌じゃ……ないです」

 蚊の鳴くような声で答えると、再び唇が重ねられた。

「瑠衣」

 確かめるように名前を呼ばれ、胸が締めつけられる。

 なんだか勘違いしそうになる。求められて、愛されているんだって。……だめ。

 顔をふいっと背け強引にキスを終わらせる。あからさまに拒否を示す行動に自分でも驚くのと同時に、久弥さんがわずかに動揺しているのが伝わってきた。

「あ、あの。夕飯の支度をしますね」

 久弥さんの顔を見ないまま一方に告げてキッチンに逃げ込む。

 ひとりになり熱くなる頬を両手で押さえた。彼に触れられていた感覚が残っていて、心臓が早鐘を打ちだす。深呼吸をして気持ちを入れ替え、夕飯の仕度に取りかかった。
< 98 / 193 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop