新そよ風に乗って 〜幻影〜

新人研修

負けないからって……。
「あ、あの……。それ、どういう意味ですか?」
「そういう意味」
栗原さんは、そう言うと不適な笑みを浮かべた。
「栗原さん。準備ができたら説明するので、こちらに来てもらえますか」
「はい」
高橋さんに返事をした声のトーンが、まったく今と違っている。
『そういう意味』 って、どういう意味なの?
初対面の栗原さんに、そこまでズバッと言われてしまうと、まだ挨拶を交わしただけなのに、他に何かしてしまったんじゃないだろうかと思ってしまう。けれど、思い当たる節がまるでない。
隣で準備をしている栗原さんをぼんやり見ていると、高橋さんの視線を感じて見ると目が合ってしまい、慌てて机の上の書類に目を通し始めた。
だが、どうしても隣に座っている栗原さんが気になって仕方がない。
高橋さんが、栗原さんの席の横に立って仕事の説明をしている時も、何だか自分の仕事が手に付かなくて、なかなか集中出来ないでいる。
何やってるんだろう、私……。
週明けで忙しいのに、気持ちが落ち着かないままランチタイムになり、高橋さんと栗原さん、中原さんと私とで2便に分かれて行くことになって、先に高橋さんと栗原さんがランチに行くことになった。
「じゃあ、栗原さん。行こうか?」
「はい」
高橋さんと栗原さんが、並んで歩いて行く。
「何処に、行くんですかあ?」
「ん? 社員食堂」
栗原さんの楽しそうな声がして、ふと見ると、高橋さんに栗原さんがべったりくっついて並んで歩いて行く後ろ姿を見ながら、何だか嫌な予感がしていた。
「何なんだあ? 今どきの子は、みんなあんな感じなのか?」
中原さんが、いきなり話し掛けてきた
「さあ……。どうなんでしょうね」
年齢は、私と大して変わらないはず。
栗原さんは大卒だろうから、私と1つか2つしか変わらない。学生と社会人の差を、痛切に感じずにはいられなかった。
私も入社前の研修の時は、あんな風に浮いていたのかな……。
「矢島さん! 聞いて下さい」
中原さんと私がランチから帰ってくると、栗原さんが14時からの会議のため事務所を出て行った高橋さんの後ろ姿を見ながら私に話し掛けてきた。
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