新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜
嘘……。
髪にキス……された。
もう1度、高橋さんにキスをされた右耳を髪の上から左手で触れてみる。
高橋さん……。
この時、部屋の電気が消えていて本当に良かったと思った。きっと今の私の顔は、茹で蛸のように真っ赤だろう。
目を瞑っても、先ほどからの一連のことが思い出されて、まだドキドキ感が抜けきらずに、何だか身体が宙に浮いているような気がする。勝手によからぬことを想像して見事に高橋さんに見透かされたようで、恥ずかしくて思わず布団を被って眠りに就いた。
しかし、寝る間際の興奮が作用したのか、直ぐレム睡眠状態になってしまったようで目が覚めてしまった。ベッドの脇に置いてあったバッグから携帯を取り出して時刻を見ると、2時だった。
ふと、ドアの方を見ると、ドアの隙間から明かりが漏れている。
高橋さん。まだ起きているのかな?
ひょっとして、私がベッドを取ってしまったから眠れないとか?
気になり出したら何だか眠れなくなってしまい、起き上がってベッドから降りて、そっと静かにドアを開けた。
すると、リビングの電気はまだ点いていてパソコンの電源も入っていたが、高橋さんの姿が見えない。
あれ?
高橋さん。何処に、行ったんだろう?
パソコンの画面をちらっと見たが、何だかさっぱり分からなかったけれど、数字が羅列されていて、まだ高橋さんは仕事をしていたみたいだ。
休みの日のこんな時間まで、仕事をしているなんて……。確か、昨日も明良さんと此処に来た時も、同じように高橋さんは仕事をしていた気がする。
私は休みの日は殆ど寝ているか、テレビを見たり、出掛けたりして終わってしまう。仕事が出来る高橋さんとの差は、こんなところにあるのかもしれない。
見えない努力……。私に、最も足りないもの。
リビングの中程までゆっくり歩いて行ってキッチンの方を見たが、そこにも高橋さんの姿は見えない。
リビングの中心に立って周りを見渡すと、ドアが5つ。
1つは玄関に通じるドアで、あとの2つはバスルームとトイレ。こっちの奥の2つのドアのうち、どっちの部屋で高橋さんは寝るのかな?
リビングの電気もパソコンの電源も入れっぱなしだけど、もしかしてもう寝てるの?
もし、そうだとしたら、パソコンの電源は切らないと。でも勝手に切ったら、データがなくなってしまっても困るし……。
「悪い。起こしちゃったか?」
エッ……。
振り返ると、高橋さんがベランダから部屋の中に入ってきた。
< 35 / 230 >

この作品をシェア

pagetop