新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜
恋愛に向かない男って……。
「そういうことだ」
そういうことって?
「高橋さん」
「ん?」
「それじゃ、もう恋愛はしないってことですか? ずっと、仕事が恋人でいいんですか? それで、高橋さんの人生は満足なんですか?」
「……」
何だか、哀しさと苦しさでいっぱいになっていた。
「そんなの、高橋さんらしくありません。私は……。私は昨日、此処に来てもの凄く自己嫌悪に陥ってしまって……。高橋さんがニューヨークに行っている間、自分はいったい何をしていたんだろうって。私が言うのも変ですが、高橋さんは、ニューヨークから帰ってきて、また凄く成長されていて……。それなのに、私は何も変わっていなくて、相変わらず周りの人達に迷惑ばかり掛けていて、こんな怪我までしてしまって……。でも、でも、それは高橋さんがそれだけ社会人として、とても尊敬できるから。だから私も、もっともっと頑張らなくちゃいけないと思えるようになったんです。それなのに……。それなのに、恋愛に向かないからって、それだけで諦めてしまうんですか? 高橋さんは、何にでも屈せず立ち向かっていく人なのに、それなのに何で……何でですか? そんなのって……」
言いながら、涙が零れていた。何故だろう。悔しい気持ちで、涙が止まらない。
「お前……」
高橋さんは灰皿に押しつけて煙草の火を消すと、こぼれ落ちた涙を左手の親指で拭ってくれた。
泣かれると困ると言われたのに、また泣いてしまった。
「ごめんな……さい」
「向こうで話そう」
向こう?
「キャッ……」
そう言って高橋さんが私を抱っこして寝室へと運んでくれると、ベッドに寝かせてくれた。
「何か、飲むか?」
そう聞かれて、咄嗟に黙ったまま首を横に振った。
すると、高橋さんは先ほどと同じようにベッドの縁に腰掛けると、足を組んで私の方を見た。
「昔、大学に入ったばかり男が、1人の女性に恋をしたんだ」
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