新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜
エッ……。
「一目惚れだった。その日から猛アタックして、念願叶ってその女性と付き合えるようになって、大学の勉強なんてとても手に付かないほど、それはもう薔薇色の人生のような毎日を過ごしていた。けれど、そういう見せ掛けだけの幸せは、長くは続かないもんなんだよな」
寝室のドアは開けっ放しになっていたので、リビングから差し込む明かりで高橋さんの顔もよく見えていたが、それまで私の方を見ながら話してくれていた高橋さんの表情が一瞬曇ると、天井を見上げていた。
高橋さん?
「たとえ、どんなにその相手を好きだとしても、好きだという気持ちだけじゃ、駄目だったんだ」
そんな……。
高橋さんは大きく深呼吸すると、先ほど一瞬見せた愁いの影が見え隠れしていた表情から普段の高橋さんの表情に戻ってこちらを見た。
「何かを守るためには……。何かとは、この場合相手のことだが。好きなだけじゃ、駄目なんだ。守るべきものを守るには、それだけの器がなければ守りきれない。俺には、その器が足りない」
何か、決して越えることのできない、とてつもなく大きな高い壁を遠くから見上げているような気分になった。その壁の向こう側にいるのが、高橋さんで……。
でも、高橋さんの器が足りないなんて、そんなことない。
「そんなことないです。高橋さん」
「ありがとう」
何か、何か言わなければ。
「あの……。本当に、高橋さんはそんなことないと思います。少なくとも、私が知っている会社での高橋さんは、凄く器の大きな方です」
心底、そう思っている。
あの凛とした態度と、仕事に対する姿勢は、誰も太刀打ちできないのではないかと思う。
「それは、仕事だからだろう」
「えっ?」
無言のまま、高橋さんと視線を交わしているが、とにかく何か言わなければと思いつつ、言葉が見つからずに口を少しだけ開けたまま黙って高橋さんを見ていると、高橋さんが肺に息を吸い込んだので、何かを言おうとしているのが分かった。
「だから、仕事が恋人でいいんだ」
高橋さん。
「あの、その女性には、その……」
「ああ、見事に振られた」
嘘。
高橋さんを、振るなんて。
「それから、まともな恋愛は……できなくなった」
そんな……。
一瞬、言い淀んだ気がしたけれど、気のせい?
もしかして、高橋さんは……まだその女性のことが好きなの?
「高橋……さん。間違っていたら、ごめんなさい。もしかしたら、高橋さんは……。まだその女性のことが、忘れられないのですか?」
何でだろう?
聞いていながら、涙が溢れている。
高橋さんの話を聞いて、哀しくなったから?
それとも、高橋さんがそこまで好きだった女性がいたことに、ショックだったから?
哀しいのか、一種の嫉妬なのか、よく分からない感情が入り交じって涙となって溢れていた。
「多分……忘れないだろうな」
思わず声を上げてしまいそうで、両手で口を押さえた。それと同時に先ほどまで必死にそれでも堪えていた涙腺が決壊してしまっていた。
高橋さん。そんな、目を逸らさずに言わないで。
自分から聞いておいて、こんなにもあっさり即答されるとは思いも寄らなかった。
けれど、確信してしまった。
高橋さんは、まだその女性のことが好きなんだ。
「一目惚れだった。その日から猛アタックして、念願叶ってその女性と付き合えるようになって、大学の勉強なんてとても手に付かないほど、それはもう薔薇色の人生のような毎日を過ごしていた。けれど、そういう見せ掛けだけの幸せは、長くは続かないもんなんだよな」
寝室のドアは開けっ放しになっていたので、リビングから差し込む明かりで高橋さんの顔もよく見えていたが、それまで私の方を見ながら話してくれていた高橋さんの表情が一瞬曇ると、天井を見上げていた。
高橋さん?
「たとえ、どんなにその相手を好きだとしても、好きだという気持ちだけじゃ、駄目だったんだ」
そんな……。
高橋さんは大きく深呼吸すると、先ほど一瞬見せた愁いの影が見え隠れしていた表情から普段の高橋さんの表情に戻ってこちらを見た。
「何かを守るためには……。何かとは、この場合相手のことだが。好きなだけじゃ、駄目なんだ。守るべきものを守るには、それだけの器がなければ守りきれない。俺には、その器が足りない」
何か、決して越えることのできない、とてつもなく大きな高い壁を遠くから見上げているような気分になった。その壁の向こう側にいるのが、高橋さんで……。
でも、高橋さんの器が足りないなんて、そんなことない。
「そんなことないです。高橋さん」
「ありがとう」
何か、何か言わなければ。
「あの……。本当に、高橋さんはそんなことないと思います。少なくとも、私が知っている会社での高橋さんは、凄く器の大きな方です」
心底、そう思っている。
あの凛とした態度と、仕事に対する姿勢は、誰も太刀打ちできないのではないかと思う。
「それは、仕事だからだろう」
「えっ?」
無言のまま、高橋さんと視線を交わしているが、とにかく何か言わなければと思いつつ、言葉が見つからずに口を少しだけ開けたまま黙って高橋さんを見ていると、高橋さんが肺に息を吸い込んだので、何かを言おうとしているのが分かった。
「だから、仕事が恋人でいいんだ」
高橋さん。
「あの、その女性には、その……」
「ああ、見事に振られた」
嘘。
高橋さんを、振るなんて。
「それから、まともな恋愛は……できなくなった」
そんな……。
一瞬、言い淀んだ気がしたけれど、気のせい?
もしかして、高橋さんは……まだその女性のことが好きなの?
「高橋……さん。間違っていたら、ごめんなさい。もしかしたら、高橋さんは……。まだその女性のことが、忘れられないのですか?」
何でだろう?
聞いていながら、涙が溢れている。
高橋さんの話を聞いて、哀しくなったから?
それとも、高橋さんがそこまで好きだった女性がいたことに、ショックだったから?
哀しいのか、一種の嫉妬なのか、よく分からない感情が入り交じって涙となって溢れていた。
「多分……忘れないだろうな」
思わず声を上げてしまいそうで、両手で口を押さえた。それと同時に先ほどまで必死にそれでも堪えていた涙腺が決壊してしまっていた。
高橋さん。そんな、目を逸らさずに言わないで。
自分から聞いておいて、こんなにもあっさり即答されるとは思いも寄らなかった。
けれど、確信してしまった。
高橋さんは、まだその女性のことが好きなんだ。