新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜
何となく聞きそびれたというか、明良さんに聞くこと自体、憚られる気がした。
「言いかけといて、気になるんだけどぉ?」
明良さんが、私の顔をまた覗き込んだ。
「何、言おうとしてたの? それとも……俺に聞きたかったのかな?」
明良さんは、いつもそうやって迷っている私に手を差し伸べてくれる。その優しさに、いつも甘えてしまう。申し訳ないと思いつつも、やっぱり甘えてしまう。
「あの……もしかしたら、私……。高橋さんのアシスタントを外れるかもしれないんです」
「そうなの?」
明良さんは、驚きもせず至って普通に聞き返してくれた。
「多分、そうなんです。だから、きっと……。この診断書も、その為だと……」
それ以上、言えなくて。否、言いたくなくて俯いてしまった。
カチッ、カチッと、明良さんが持っていた2色ボールペンの頭部分を交互にノッキングさせる音だけが診察室に響いている。
「陽子ちゃんさあ、貴博がどういう理由で診断書をもらって来てくれと言ったのか、聞いたの?」
理由?
理由なんて……。
俯いたまま、首を横に振った。 
理由を高橋さんに聞いても、教えてはくれなかった。
「聞いたんですけど、教えてもらえなかったんです」
そう……。高橋さんは、何も教えてくれなかった。
「他には、何か言ってなかったの?」
他に?
「他に……ですか?」
「貴博は、ただ診断書もらって来いとは、言わないと思うんだけど?」
でも、何も言ってくれなかった
「人事との面接の時に使うからって。ただ、それだけで……」
今日の面接に、持って行ってくれとは言っていた。
「あとは?」
あと?
「あとは……。大丈夫、心配するな、とだけ……」
不安になって顔を上げて、明良さんの顔を見た。
「だったら、貴博のこと、信じてやれば?」
「えっ?」
信じる?
そんな……何も話してくれない、高橋さんを?
「心配するなって、言ってたんでしょ? だったら陽子ちゃんは、何も心配することないんじゃないの? 貴博がそう言ったんだったら、信じて安心してればいいんじゃないのかな?」
「そうでしょうか……」
「そうだよん。貴博は、絶対そういう奴だから……ね?」
「はあ……」
明良さんにそう言われても、何となく釈然としないまま、書いてもらった診断書を持って重い足取りで会社へと向かった。
そして、問題の午後。人事の人との面接には、高橋さんも同席してくれたが、てっきり人事の人だけだと思っていたその場所には、総務の人も居たので驚いてしまった。
しかも、顔ぶれは、全員部長クラスの人達だった。
何で? どうして?
「矢島さん。どうぞ、おかけ下さい」
人事の人に、そう言われたけれど、どうしたらいいのか分からず、思わず高橋さんの顔を見ると、高橋さんも座るよう、スッと椅子に向かって手を差し伸べて目の前の椅子を引いてくれた。
座った席から見渡すと、偉い人ばかりがずらりとコの字型に並んでいて、私はそのいちばん端の席で、隣には高橋さんが座っている。
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