新そよ風に乗って ③ 〜幻影〜
それぞれ、その人達の前には書類が置いてあり、さながら就職の面接のような雰囲気だ。
高橋さんに言われたとおり診断書を持参していたが、いったいこれから何を聞かれるのか
まったく想像出来ず、隣に高橋さんが座ってくれてはいるけれど、内心、不安で、不安で、堪らなくて、一刻も早くこの場を逃げ出したい気分だった。
チラッと隣に座っている高橋さんを見たが、いつもと変わらず目の前に置いてある書類に 目を通している。
「では、始めたいと思います」
人事部長の挨拶で、始まった。
「早速ですが、矢島さん。 先月9月17日の金曜日。帰宅途中に足を怪我されましたよね?」
「えっ? は、はい」
何?
何の話なの?
「その時のことを、幾つか詳しく聞かせて頂きたいのですが……。まず、会社を出たのは何時頃でしたか?」
エッ……。
何時頃だったんだろう?
「確か、21時過ぎだったと思います」
そんなこと、正確には憶えていない。
「それで、会社に戻られましたよね? それは、何故ですか?」
何だか、これって尋問みたいだ。
「ちょうど雨が降り出して来たので、傘を取りに戻ってきたんです」
それで、高橋さんに会ったんだった。
「そうですか。では、質問を変えます。何故、足を怪我しましたか?」
何故って……そんなこと、聞かれても……。
「警備本部の前で、床に敷いてあったマットが捲れて、それに足を取られて転んだんです」
何の為に、こんなことを聞くんだろう?
全く、意図がわからない。
「それで、その足を怪我した時刻は、何時頃でしたか?」
嘘。
憶えてない。そんな、怪我した時間まで……。
「あの、申し訳ありません。よく憶えていません」
高橋さんが、昨日、正直に応えればいいからと言っていたことを思い出した。適当に言ったところで仕方ないのでちゃんと正直に応えたけれど、これで良かったんだろうか?
「よく分かりました。ありがとう」
人事部長の言ってることが全く理解出来ないまま、座ったまま黙ってお辞儀をした。
「それで……。えーっと、高橋さん。この件に関して、どうしたいと? 今の矢島さんの証言だと曖昧な点があるし、やはり立証は難しいと思うんだがね?」
立証?
総務部長が、高橋さんに尋ねている。
「はい。それでは、ご説明させて頂きますが、今回の件に関しましては、偶々、その場に 私が居合わせまして、矢島さんが転んで怪我をしたその時刻を、第三者であります警備本部の人に記録しておいてもらっております。そして、その記載してもらった記録と、矢島さんがIDカードを感知させた時間を逆算しますと、一旦、会社を出てから再度戻って来て 怪我をするまでの時間が10分弱です。そうなりますと、会社の建物を出てから駅に向かい、 そのまま途中で会社に引き返したということにはならないでしょうか?」
な、何?
何の話をしているの?
私が足を怪我したことが、そんなに大きな問題になっているの?
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