薙野清香の【平安・現世】回顧録
「それにしても、暁ちゃんたちは残念だったね。お家の用事で急に帰らなきゃいけなくなっちゃうなんて」


 芹香が心底残念そうに、そう呟いた。


(残念、ね)


 清香は心の中でそう呟きながら、そっと舌を出す。
 恐らく紫たちが帰ることになったのは崇臣の差し金だ。清香の看病をしている間に、上手いこと実家や運転手を抱き込み、そうとなるように仕向けたのだろう。
 そのせいか、去り際に紫が見せた、恨めしそうな表情は相当に強烈だった。あまりのオーラに、周りの客が引いていた程だ。芹香は気づいていないようだったが。


(あいつ、良いヴィランキャストになれると思うんだけど)


 スカウトの声が掛からないのが、不思議なぐらいだ。黒々とした衣装に紅い口紅を惹いた紫は大層見物だろう。そう思うと、清香の口の端に薄っすら笑みが浮かんだ。


「そうね。でもまぁ、またきっと会えるわよ」


 清香がそう言って芹香に笑いかける。
 それは当然清香の本心ではないのだが、芹香に合わせない理由はない。


(本当はもう二度と会えなくて構わないんだけど!)


 心の中で大きく手を振りながら、清香はウットリと目を細めた。


「心にもないことを」


 崇臣がぼそりと呟く。清香にしか聞こえないぐらいの小さな声だ。


「うるさいっ」


 清香が言い返すと、崇臣は楽し気に笑った。清香の心臓がトクンとまた跳ねた。


(まったく、どうかしてるわ……)


 紅くなった頬が見えぬよう、清香は下を向く。そんな清香を芹香が不思議そうにこちらを見ていた。
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