好きな人の婚約が決まりました。好きな人にキスをされました。
 けれど、いつまでもこのままでは居られない。
 メアリーは一人、伯爵から呼び出しを受けていた。 


「――――どうしてここに呼ばれたか、メアリーには分かっているかな?」


 ふたりきりの応接室。メアリーはギュッと目を瞑り、伯爵に向かって深々と頭を下げる。


「……はい。申し訳ございません」


 ジェラルドが婚約を拒否している理由がメアリーにあることは、伯爵だって当然知っているはずだ。彼は父親を説得すると話していたし、メアリーへの好意を隠しはしなかったから。

 本当は分からないふりをしたかった。気付かないふりができたらどれほど良かっただろう? 
 伯爵が何と言うか――――反応があまりにも怖い。メアリーはブルリと身体を震わせた。


「それで? 君はこれからどうする気なんだい?」


 伯爵が尋ねる。口調は穏やかだが、いつもよりも冷たく感じられた。


「わたしは……お世話になった旦那様には申し訳ないと思っています」


 せっかく用意した縁談を拒絶され、伯爵の心労はいかばかりだろう? その原因が使用人にあるのだから、腹立たしいに違いない。
 分かっている。
 分かってはいるのだが――――。


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