おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

 そんなやりとりをした数分後のことだった。
 診察エリアと待合室を隔てる引き戸がゆっくりと開いた。千春はすぐさま身構えた。患者が待合室に戻ってくるということは、受付業務を預かる千春の出番だからだ。
 
(あ、れ……?)
 
 患者が扉から出てくると千春はすぐに異変を感じとった。
 小学校低学年ぐらいの少年をつれた女性は泣きながら待合室へと戻ってきたのだ。
 一人ではまともに歩けなさそうで、ソファまでは君代が付き添った。少年は健気に母親の後ろをついていった。

「はい。こちらに座ってお待ちくださいね」

 彼女は君代から渡されてたティッシュで懸命に涙を拭いていたが、こらえきれなかったの再び泣き出した。
 カウンター越しにその様子を見ていた千春は、診察に立ち会った看護師から書類一式を渡されると涙の理由に思い至った。
 会計の準備を終え診察券を確認し名前を呼ぶ。
 
「とがしかいとさん」

 診察券に記載されている名前を呼ぶと、弾かれたように顔が受付カウンターの方に向けられた。ところどころメイクが剥げた泣き顔が痛々しい。

「診察券と保険証をお返しします。あとこちらは紹介状です。大学病院の総合受付でお渡しください。予約はこちらの初診専用の番号に電話をお願いします。診療案内も一緒にお渡ししておきますね」
「はい……」

 母親は心ここに在らずの状態で、壊れた人形のようにコクコクと頷いた。
 千春が説明した話の半分も理解できていなさそうだ。
 紹介状の宛先は千春のかつての主治医、及川だった。香月がこの紹介状を認めるということは、この少年の心臓もどこか悪いのだろう。
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