おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
「ちぃ、そんなに泣くなよ。目が溶けるぞ」
「だってえ……!もうこれで恵流様と舞台でお会いできなくなると思うと……」
東京黄金塚劇場の一階ロビーには同じように泣きじゃくる同志がわんさかいた。
星川恵流、最後の舞台には多くのヅカオタが集まり、その勇姿をしかと見届けた。感動と悲しみが混じり合った複雑な涙で前が見えなくなる。
「ちぃには俺がいるだろ?」
「それとこれとは別!」
「別ってなんだよ?」
「ケーキの話をしている時に、から揚げの話をするなってこと!」
「意味が分からない……」
秀才の香月が理解に苦しんでいる。これは珍しい光景だ。
香月は千春の気持ちが落ち着くまで、傍に寄り添ってくれた。時折、ハンカチとティッシュを差し出してくれる完璧な夫ぶりを発揮する。
香月の介抱のおかげか、千春も次第に周りを見回す余裕ができてくる。
「あれって芽衣さんと……筧さん!?」
「あら、柳原様?」
芽衣は千春同様泣きじゃくり、筧に支えられるようにしてロビーを歩いていた。筧が持っていた箱ティッシュはすでに半分ほど消費されている。
「芽衣さんとお知り合いなんですか!?」
「芽衣とは昔からの友人なんです。今日は付き添いです。ひとりだと絶対家まで帰れないからって……」
「ち、千春ちゃ~ん!終わっちゃったよ……!」
「芽衣さーん!」
千春と芽衣はしかと抱き合い、互いを慰め合った。
「ほらほら、もう泣き止んで。他の方のご迷惑になりますよ」
冷静な筧が二人を嗜めていく。同じヅカオタクの扱いには慣れたものだった。
退団をひとしきり悲しみ、その生き様に感謝を伝える。星川恵流がこの世にいなかったら、人生の幾つもの場面で挫けていたかもしれない。
ようやく現実を受けとめた千春は黄金塚劇場で芽衣と筧と別れた。
今度三人で出掛ける約束も取り付け、筧とも連絡先を交換する。