おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

「さっきから何してるの?」
及川(おいかわ)先生から論文を日本語訳して欲しいって頼まれてて……今やってるとこ」

 及川は大学病院に勤務していた頃の香月の指導医だ。香月は優秀な小児心臓外科の専門医として、将来を嘱望されていた。
 だからこそ一年前、突然大学病院を辞め洋介のクリニックで働き始めた時は驚いた。香月はずっと医療の最前線に立ち続けることを望んでいると思っていたからだ。

「大学病院辞めたのにそんな雑用をやらされてるの?」
「大丈夫、バイト代ももらってるから。それに、俺自身の勉強にもなるしな」

 論文の翻訳なんて、断ってしまえばいいのに。元指導医からの頼みとはいえ、香月のお人好しぶりには呆れてしまう。平日は仕事、休日は千春と一緒に結婚関連のタスクをこなす香月にいつ論文を訳する時間があるというのだ。
 答えはひとつしかない。
 
「私には無理するなとか口煩く言うくせに、自分は無茶するんじゃん」

 クリニックの休診時間に休憩室でうたた寝していたのはそういう理由だったのかと合点がいく。睡眠時間を削り、論文を仕上げる香月に千春はつい小言を漏らした。

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