おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
(もしかして……早まった……?)
売り言葉に買い言葉のように結婚を承諾してしまったことを軽く後悔し始めたその時、背後からチリンチリンと自転車のベルの音がした。
「おはよう!香月先生、千春ちゃん!」
「おはようございます、君代さん」
自転車の乗り颯爽と現れた津軽君代は二人を追い越すと、見事なハンドルさばきで華麗にターンを決め、クリニックの建物の脇にある駐輪場へと自転車を停めた。
君代は柳原こどもクリニック、勤続二十年を誇るベテランの看護師だ。年齢は五十台前半で健康のためにと、毎朝十キロメートルを自転車で通勤しており、目を瞑っていても定位置に駐輪できると豪語している。
三人揃ったところで香月はポケットから鍵を取り出し、職員用の裏口を開けた。
裏口を入ってすぐ右手にはロッカールーム兼休憩室がある。ロッカールームの奥には仕切りがあり、君代達看護師はここでスクラブに着替える。
香月が一番手前のロッカーから白衣を取り出しおもむろに羽織ると、千春はつい目で追ってしまった。
香月ほど白衣が似合う男性はいないと思う。
サラサラの前髪からのぞく知性的な瞳。いつも穏やかな笑みをたたえている口元。なだらかな曲線の鼻梁は美しいEラインを描いている。
白衣に負けないほどの清潔感を身に纏わせ、患者に向き合うその姿は何回見ても慣れないし、飽きない。
……おっと、見惚れている場合ではなかった。